コラム:「フリーランチ」ではないFRBの量的緩和、日銀への示唆を考える=井上哲也氏 29-Nov 12:42

米連邦準備理事会(FRB)が11月末での「量的引き締め」の終了を決定したことを受けて、米国の金融市場では新型コロナ禍対応の量的緩和がかねて懸念されたほどの副作用をもたらさず、中央銀行にとっていわば「フリーランチ(ただ飯)」だったのではないかと主張がみられる。

その主たる根拠は、金融市場にとっての量的緩和の最大の問題、つまり量的引き締めに伴う市場金利の不安定化がほとんど生じなかったことである。また、量的緩和の下で不満が強かった市場機能の低下についても、量的引き締めとともに迅速に回復したことも楽観論の背景にあるとみられる。

<中央銀行の対応>

量的緩和の副作用を抑制する上では、FRBによる量的引き締めの運営手法も大きな役割を果たした。

第一に、量的引き締めの多くの部分を政策金利の引き下げと並行して進めたことだ。金融市場からは金融政策の方向が相互に矛盾するとの批判もあったが、結果的には、緩和的な金融環境の下で中央銀行が債券市場から徐々に撤退していくことで、民間投資家による債券保有の積み増しにとって良い条件を提供した。同時に、政策金利の引き下げ、ないしその見通しによる長期金利への低下圧力も、量的引き締めに伴う長期金利の上昇圧力を減殺する効果を持ったとみられる。

第二に、量的引き締めの運営に関して当初から慎重な姿勢を明記したことだ。具体的には、FRBは準備預金が潤沢な状態(超過準備が十分に存在する状態)が最終目標であって、コロナ禍前に行われた量的引き締めで見られたような短期金利の不安定化が生ずるより十分前に、量的引き締めを停止する方針を明記した。これはFRBが相当な規模の債券を保有し続けることを意味すると相まって、金融市場の懸念の抑制に繋がったとみられる。

<「フリーランチ」論の問題>

それでも、FRBの量的緩和が「フリーランチ」であったと判断するには、いくつかの問題が残る。

最初に想起されるのは財政規律への影響だ。米国ではコロナ禍からの景気回復後も財政赤字が高水準で推移してきた。もちろん、財政規律は議会と政府の責任だが、中央銀行と金融市場がともに緩和的な金融環境を醸成すれば、財政規律が働きにくくなることは否めない。しかも、政権交代が生じても、前政権が導入した政策を財政負担を理由に修正することは困難である点は、医療保険改革などの例で実証されている。

金融政策に関しては、潤沢な準備預金を維持した上でも政策効果を適切に行き渡らせることができるかという問題も残る。FRBは当座預金への付利金利を調整することで、市場金利への影響を行使しうると考えている。この点自体は正しいとしても、金融市場が潤沢な準備預金による金融環境の緩和効果も考慮して行動する可能性は残る。

例えば、市場参加者が金利を多少負担すれば資金の調達は容易と考えるのであれば、資産価格の評価にも影響が及ぶ。FRBも金融市場も、潤沢な準備資金と相応の水準の政策金利の併存にはこれまで十分な経験を有していないだけに、最終的にどのような帰結をもたらすかには不透明な面が残る。

<日銀にとっての意味合い>

残念ながら、日銀にとっては量的緩和を「フリーランチ」と考えるには一層難しい要素がいくつか存在する。

最初に確認すべき点は、利上げと同時に量的引き締めを進めている点だ。FRBと異なり金融政策の方向として整合的ではあるが、金融環境に対する副作用を抑制するため慎重に運営せざるを得ない。実際、来年4月からは早くもペースダウンすることを決定している。

日銀が量的引き締めの運営に慎重であることには、国債の消化構造の変化も影響している。以前に比べて、生命保険や年金基金が人口動態の変化や海外金利の動向を映じて超長期債の需要を維持しにくいとか、銀行が貸出需要の増加や金融規制の影響で中期債への投資に慎重といった見方が示される中で、日銀と金融市場の双方にとって、国債保有の新たな適切なバランスを模索する状況にある。

本来、これは政府の国債管理政策によって対応すべき問題だ。しかし、日銀が大規模な量的緩和を通じて国債市場で圧倒的なプレゼンスを有している以上、主要なステークホルダーとしての責務ないし役割を負わざるを得ないことも事実である。

日銀が、長期にわたって大量の国債を保有し続けても、それに伴う副作用が抑制できれば良いと考えることもできる。しかし、米国に関して先に指摘した点、つまり財政規律への影響や金融政策の波及効果の問題は、当然日本にも当てはまる。

日銀にとってより厄介な要素は、量的引き締めをいかに円滑に運営するかだけでなく、量的緩和の再開の可能性も念頭に置く必要がある点だ。経済の不透明性を考えると、利上げを慎重に進めることは合理的であるが、今回の景気循環の中でインフレ目標の達成を図る上では政策金利が中立水準に達しないことが考えられる。そうなれば、次の景気後退では政策金利の引き下げを早期に使い果たす結果、量的緩和が選択肢として浮上することは自然である。

<副作用を抑制する「量的緩和」>

日銀による量的緩和の再開に蓋然(がいぜん)性があるとすれば、次回はこれまでの経験を踏まえて副作用を抑制するための対応を考えておくことも有用だ。

今回の量的緩和と量的引き締めを通じて筆者にとって意外であったのは、日銀が大量の国債を保有することに伴う長期金利の引き下げ効果、つまり「ストック効果」の展開である。日銀は昨年12月の「多角的レビュー」の中で、主として日銀が負担する金利リスクの観点から、10年国債利回りに対して100ベーシスポイント(bp)に達する引き下げ効果を有するとの推計を示し、筆者もそうした議論に納得感があると考えていた。

しかし、10年国債利回りは今や1.8%近傍まで上昇しており、日銀が負担するリスク量にこの1年で大きな変化がないとすれば、「ストック効果」がない場合の10年国債利回りが3%近い水準であったことになる。これは、潜在成長率や基調的インフレ率に対して整合的とは言えず、「ストック効果」は実はもっと小さかった、ないし他の要素に比べて波及効果が弱かったと考える必要を示唆する。

その理由としては、「ストック効果」の根拠として、日銀が大量の国債を保有し続ける、あるいは日本では量的引き締めの実施は困難という市場参加者による暗黙の理解があったことが考えられる。その意味では、日銀が慎重ながら量的引き締めを開始したことは、政策論における「時間的非整合性」が顕在化したと考えることもできる。

「ストック効果」の持続性に疑問があるとすれば、次回の量的緩和ではフローの買入れにより重点を置く、ないしそれをアピールすることが有用になる。この点と、10年のような長期でなく3-5年といった中期の金利を抑制する方が経済活動の下支えにとって有効という理解を組み合わせれば、量的緩和における国債買い入れの満期構成の面では工夫の余地が生じる。

技術的には中期債の流動性には制約があるといった問題は残るが、日銀も金利スワップ等を活用することで、実質的に中期金利に対する影響を強めるといった対応も可能であるように思われる。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション部シニアチーフリサーチャー。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。金融イノベーション研究部・主席研究員を務め、2021年8月から現職。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

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