中国人民元の安定的な上昇と、輸出を成長エンジンとして堅調さを維持したいという中国指導部の願いは矛盾するように見える。しかしこの流れは共存が可能で、一国の為替レートと貿易収支の関係性が希薄化している構図を浮かび上がらせている。
中国人民銀行(中央銀行)によって4月以降、人民元は3%高めに誘導され、足元で1ドル=7.07元と1年ぶりの水準を記録。今後も上昇基調が続く見通しで、多くのアナリストは来年7.00元の節目を突破し、恐らく6.60元まで元高が進むと予想している。現行水準からさらに7%値上がりし、2022年以来の高値になる計算だ。
だが中国共産党が10月に開いた第20期中央委員会第4回全体会議(四中全会)で明確に示されたのは、輸出主導の成長モデルを放棄したくないという姿勢だった。
中国国内経済がなお不動産バブル崩壊やデフレ、内需低迷に苦しんでいる以上、これは理にかなっている。ゴールドマン・サックスによると、過去2年間の中国の国内総生産(GDP)実質成長率において輸出の寄与度は常に5割を上回ってきた。
しかし人民元が上昇すれば、中国の輸出製品は割高化し、国際市場で競争力が低下するはずではないだろうか。
理論的にはそうなるが、現実には人民元高が中国の輸出数量を抑制しているように見えないのは確かだ。外交問題評議会の上席研究員で長年中国情勢を見守ってきたブラッド・セスター氏は、19年末以来中国の輸出数量は累計で40%も膨らんだと指摘している。
<通貨高の影響吸収>
実のところ中国製品はなお相対的に安価だ。人民元の実質実効レートはほぼ15年ぶりの安値にとどまっており、22年初頭から約20%、12年以降では50%弱下落している。
住宅市場崩壊や経済不振、資本逃避、金利差の逆風などが近年の人民元下落を加速させており、大方のアナリストは人民元がかなり過小評価されているとの意見で一致する。
さらに中国は、電気自動車(EV)や太陽光パネル、電池といったさまざまな産業の世界的サプライチェーン(供給網)における存在感の大きさや優越性があるゆえに、自国通貨高が緩やかであればその影響を吸収できる。中国はもはや安価な製品を生み出す世界の工場ではなく、経済的・技術的・戦略的バリューチェーンの最上位に君臨している。
バノックバーン・キャピタル・マーケッツのマネジングディレクターで、やはりベテラン中国ウオッチャーのマーク・チャンドラー氏は「中国の全体的な規模は途方もない」と話す。
多くの先進分野に占める中国の足場の大きさを踏まえると、人民元の変動に輸出がどこまで敏感に反応するかと言えば、反応は決して大きくないことが分かる。
安徽省合肥市の工場に多額の追加投資を行っているドイツ自動車大手フォルクスワーゲン(VW)を例に挙げれば、同社は先月、中国での新たなEVモデルは他地域に比べて最大50%安くできると表明した。
このレベルの競争力が損なわれるには、人民元がさらに5-10%を超えて上昇する必要が出てくる。
<スイスと日本の事例>
当然ながら為替レートは、一国の貿易収支に影響を与える唯一の要素ではないし、最も重要な要素とも言えない。内需や世界経済の成長率、コモディティー価格の変動がいずれも一定の役割を果たすし、現在は関税を含めた貿易措置も考慮に入れなければならない。
スイスの場合、スイスフランは現在実質実効レートが15年ぶりの高値近辺で推移している。ところがスイスは過去3年、ずっとGDPの10%を上回る貿易黒字を計上し続けている。
逆に日本は、円が何年にもわたって下落し、足元の実質実効レートは過去最低圏に沈んでいるが、近年は貿易赤字傾向にある。
中国は管理された通貨高政策を継続していくもようで、それはどちらかと言えば少なくとも米国との貿易摩擦を緩和し、アジア近隣諸国からの「中国は強引に市場へ入り込んでいる」という批判をかわす上で役立つだろう。
しかし最終的には「強引に入り込む」ことこそが中国の望みであり、人民元高がその妨げになることはないはずだ。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)