市場にはあまりに魅力的なので消えてなくならないさまざまな「悪いアイデア」があり、貨幣の「価格」よりも「量」にこだわる考えもしぶとく生き残っている。先週、米連邦準備理事会(FRB)が400億ドル規模の短期国債買い入れを行うと発表し、そうした考えが再び表面化した。ウォール街の一部アナリストからこの買い入れ決定は隠れた量的緩和(QE)だとの非難も出ているが、歴史を見れば、中央銀行のバランスシートの規模に固執する愚かさは証明されている。
FRBが抱える膨大な資産と負債は、政策担当者にとって悩みの種だ。ベセント財務長官と、次期FRB議長候補の1人であるケビン・ウォーシュ氏は、より小さなバランスシートを好ましいとみている。短期市場への資金注入は、当局が株式や国債への投機的な賭けを助長しているというのが一般的な批判として挙げられる。
とはいえこの主張には大事な部分が欠けている。FRBは金利水準の目標を設定しており、先週時点でそれは3.5-3.75%になった。この水準に短期金利を収めるために資金を供給している。ある意味それはりんごを売る食品店のようだ。つまり買い手の需要があるだけ1個1ドルで売るか、市場入札で決まった価格で一定量を売ることができる。中銀は貨幣の価格を設定することで、供給量を全面的にコントロールするのを放棄している。特に今、FRBはQEによって供給した過剰流動性を吸収しているだけになおさらだ。最近の金利急上昇は、需要が再び供給に圧力をかけていることを示しており、FRBが金融システムに流動性を供給するために資産を買い入れ、そのバランスを回復させている。
だからこそ通貨供給量の制約では、ウォーシュ氏が主張する「中銀のバランスシートを縮小しつつ金利を低下させる」という目標達成は不可能なことが分かる。同じく、市場の流動性の量について投機を非難するのも間違いだ。金融機関は資金を最も収益性の高い場所に振り向けるだけで、当局はその資金をどの価格で提供するかを決定するに過ぎない。
当然ながら中銀は、経済学者ミルトン・フリードマンのマネタリスト理論に沿って、貨幣価格ではなく量に焦点を当てることは可能だ。実際1979年に当時のポール・ボルカー議長の下でFRBは非借り入れ準備を政策目標にしている。だがその結果、金利の極端な変動と混乱が生じ、1982年から87年の間にこの枠組みは撤廃された。
これによりバランスシートを意味のある形で縮小する唯一の手段としては、貨幣需要が残される。現在貨幣需要は非常に強く、2008年の金融危機以前は500億ドルだったFRBの準備金が3兆ドルと驚異的に膨らんでいても、流動性は不足している。
理論的に考えれば、トランプ政権は銀行規制の緩和で流動性の一部を解放できる。しかし流動性不足の大半は、より慎重になっているリスク管理姿勢やリアルタイム決済、資金偏在といった要素に起因する。
一方経済学者らは長らく、貨幣需要を正確に予測することに失敗を重ねてきた。マネタリストの実験ではさらに、流動性のニーズが不透明かつ突発的で、実体経済に先行するのではなく遅れることを示された。
それゆえに政策目標としては借り入れコストの設定がはるかに優れた選択肢になり、QEは雇用や物価にほとんど目立った影響を及ぼさなかった。中銀の実験を覆そうとしたり、ヘッジファンドや政府が保有可能な債務の量を制限するために短期金融市場を破壊すれば、1980年代の惨状を再現する最悪の方法になるだろう。
●背景となるニュース
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(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)