米国債を保有すべきではない理由のリストがどんどん長くなっている。その結果、投資家は世界で「最も安全」かつ最も流動性の高い資産とされる米国債をますます敬遠するようになり、代わりに米国の最優良企業の社債へ殺到している。
これは目新しい現象ではない。だが物価上昇、財政悪化、そして政策担当者にそれらに対処する意志があるのかという疑念が深まる中で、米国債に対する市場心理が悪化した結果、改めて注目を集めた形だ。
米2年物国債利回りは今年になって60ベーシスポイント(bp)上昇し、4パーセントを超えた。主な原因はイランでの戦争に端を発したエネルギーショックによる物価高騰で、米連邦準備理事会(FRB) は利上げを迫られると予想されている。米国10年物国債の利回りも35bp上がり、4.5パーセントの節目を突破した。
多くの米優良企業の社債は今年、米国債を上回るパフォーマンスを見せ、一部の銘柄ではスプレッドが縮小し、米国債に近い利回りになっている。
先週には残存2年のアップル(AAPL.O)社債の利回りは、米2年物国債利回りとわずか3bp差まで低下し、過去最少のスプレッドを記録した。マイクロソフト(MSFT.O)の2年債利回りは今年初め、米国債利回りを下回る「トレード・スルー」を起こした。これはジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)(JNJ.N)の社債が2021年、22年、24年に散発的に見せた動きと同様だ。
イールドカーブのさらに先、つまり中長期ゾーンでは、国債の借入コストが同等の社債利回りよりも低いため状況はわずかに異なるとはいえ、傾向は似ている。 先週J&Jの10年債利回りの米国債に対するスプレッドは27bpと過去最小となり、残存10年のアップルの社債利回りは、米10年物国債をわずか24bp上回るだけで、25年1月以来の最小のスプレッドだった。
その理由ははっきりしている。バランスシートを比べると、米企業の方が米政府のよりもますます良好に見えるようになっているからだ。
<より安全な賭け>
米国の財政は、07年から09年にかけての世界金融危機と、20年から21年の新型コロナウイルスのパンデミックを経て、深刻な打撃を受けた。米政府はほぼ確実視されていた恐慌を回避するために、数兆ドルもの財政・金融刺激策を経済に注入した。
連邦債務は現在、対国内総生産(GDP)比約100パーセントに達して増加傾向にある。財政赤字はGDPの約6パーセントで、今後数年間で大幅に縮小する見込みはない。利払い費は間もなく年間1兆ドル(約159兆2900億円)に達する勢いとなっている。
一方で、企業セクターは良好な状態にある。アップルやマイクロソフトのようなテック大手のほか、J&Jやバークシャー・ハサウェイ(BRKa.N)といった巨大企業は、年々堅調な収入と利益を積み上げ、既に堅固な財務基盤をさらに強化している。
確かに、人工知能(AI)インフラ構築が加速するにつれて、これらの企業の債務指標が良好な状態を維持できない可能性もある。ある推測によれば、今年のAI関連の設備投資額は8000億ドルという巨額に達する見通しだ。これは手元現金が削られ、借り入れが急増することを意味しており、もしその支出が期待通りのリターンを生まなければ、こうした企業のバランスシートはもはや「鉄壁」ではなくなるだろう。
しかし、テクノロジーに楽観的な論者は、AIを踏み台として生産性が飛躍的に向上し、歴史上最大の設備投資ブームを支える借入を十分に補って余りあると確信している。
<格付けゲーム>
信用格付けもこの状況を反映している。
主要格付け会社3社(スタンダード・アンド・プアーズ=S&P、ムーディーズ、フィッチ)から最高位のトリプルA格付けを得ている米国企業は、マイクロソフトとJ&Jの2社だ。アップルはムーディーズから依然としてトリプルAの格付けを得ている。
対照的に、米政府はもはや3社のいずれからもトリプルA格付けを付与されていない。S&Pが11年に最初に1段階引き下げ、ムーディーズが昨年5月に最後に引き下げた。
要するに、信用格付けを信頼するならば、高格付けの借り手への貸し付けは、米国政府への貸し付けと比べてリスクが劣らないということだ。そして、その際に数ベーシスポイントを上乗せして得られるのであれば、投資妙味がありそうだといえる。
ロンドンを拠点とするヘッジファンド、ユーリゾンSLJキャピタルの創設者スティーブン・ジェン氏は「潤沢な現金を持ち、利益成長率の高い企業は、繁栄する上で非常に有利な立場にある。より多くの社債利回りが国債のイールドカーブを下回って取引されない理由があるだろうか」と問いかけた。
<確実な返済>
もちろん、投資家が米国債を購入する理由は格付けをはるかに超えたところにある。米国債は世界で最も厚みがある流動性の高い金融市場で、世界の金利設定の基準となる資産であり、世界の準備資産とも位置付けられ、世界一の経済・軍事大国によって価値が裏打ちされている。
エヌビディア(NVDA.O)やマイクロソフト、その他のAIの覇者たちが、こうした「法外な特権」を享受できるようになるまでには、まだ時間がかかるだろう。
しかし、特にテクノロジーやAI分野において時価総額上位に位置する一部の企業は、「大きすぎて潰せない」と見なされるようになりつつあるかもしれない。グローバルなAI開発競争が激化する中では、特にそうした見方が強まる可能性がある。そうなれば、これらの企業の債務は事実上、準国債的に扱われ、スプレッドはさらに縮小する可能性がある。
結局のところ、これは投資家に一つの根本的な長期的問いを突きつける。10年後、20年後、あるいは30年後に存在しているかどうかも定かでない企業と、米国政府と、どちらがより確実に返済してくれるか、という問いだ。
一部のケースにおいて、その答えは今や五分五分の段階にあると言える。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)