「あなたのお子さんは、学校配布のノートパソコンやタブレットで被害を受けていないだろうか」──。
米テキサス州にある小さな法律事務所のウェブサイトを開くと、挑発的なメッセージが表示される。さらに、こう続く。
「保護者は、学校から配布されるクロームブックやアイパッドなどの端末が安全だと思い込んでいる。だが、実態はそうではない」。
これは、オースティンを拠点とする法律事務所「エドテック法律センター」のサイト。「エドテック(EdTech)」とは、教育とテクノロジーを掛け合わせた造語だ。同事務所を夫と共に立ち上げたジュリー・リデル氏によると、すでに数百人の保護者から相談が寄せられているという。米国の学校現場で急速に広がった教育テクノロジーをめぐり、データプライバシーや子どものメンタルヘルスへの懸念を訴訟に結びつけようとしている。
こうした動きは、全米で広がる「反エドテック」機運の高まりを映し出している。子どもたちが授業中に端末を使い、インターネット上の誘惑や有害コンテンツにも簡単にアクセスできる状況に対して、保護者らの疑問が強まっている。また、デジタル教材が従来型の教育手法より本当に優れているのかという点も、改めて問われている。
<教育テック企業を法廷で追及>
ジュリー、アンドリュー・リデル夫妻はこうした問題への関心から、それぞれ政府機関と大手法律事務所でのキャリアを離れ、2023年に事務所を設立。以降、12件の訴訟を起こした。データプライバシー法と製造物責任法を根拠に、教育テクノロジー企業の影響力に異議を唱えている。
米国内の多くの学区で現在、生徒一人一人にノートパソコンやタブレットが配布されている。読解の授業から仮想の生物解剖実習まで、端末の用途は幅広く、米エドテック企業「ライトスピードシステムズ」の直近の報告によると、生徒のスクリーン利用時間は1日平均79分に上るという。
SNS大手各社を巡っては昨今、未成年者を自社プラットフォームに依存させるよう、意図的に設計しているとして責任を問われている。リデル夫妻は、こうした訴訟の波に触発されていると話す。ケンタッキー州の学区が起こした訴訟では、メタ・プラットフォームズが21日、主要な被告テック企業の中で最後に和解した。このケースは、学区側の主張が法廷でどこまで認められるかを試す重要な機会になるとみられていた。また3月には、ロサンゼルスの陪審団が同様の訴訟で、個人の原告に600万ドル(約9億5300万円)の賠償を認めている。
リデル夫妻は成功報酬制で訴訟を手がけており、依頼人のために金銭的損害賠償を求めるほか、テック企業に製品設計の見直しも求めている。データ収集のタイミングについて保護者がより強い管理権を持てるようにし、子どもたちが潜在的な危険にさらされるのを防ぐことが目的だ。
以前は大手デュアン・モリス法律事務所で特許弁護士を務めていたアンドリュー氏は、連邦法の解釈が誤っていると主張する。現在の解釈では、学区が保護者に代わり、生徒データの収集に幅広く同意できるかのように扱われているという。
もし仮に、外部業者が学校の事務室に勝手に入って保健室の記録や出席簿をあさって出ていくとしたら、誰も認めないはずだ、とアンドリュー氏は訴える。「今、それと同じことが起きている。目に見えない形で、しかも大規模にだ」。
もっとも訴訟の多くは、まだ初期段階にあるか、手続き上の争点で足踏みしている。あるデータプライバシー訴訟では、具体的な被害やデータの悪用を示せなかったとして、連邦判事により訴えを退けられた。
エドテック法律センターと他の3事務所は昨年12月、マサチューセッツ州の連邦地方裁判所で教育サービス企業「カリキュラム・アソシエイツ」に対する集団訴訟としての認定を求める訴状を提出した。1700万人に利用されている英語と数学の評価ツール「iReady」を提供する同社が、保護者の同意を得ずに生徒データを不適切に収集し、利益を得ていたと主張している。
同社は、保護者の許可なく生徒データを販売したり広告に使ったりすることはなく、教師の学習支援を助けることが主な目的だと反論した。他の被告企業も同様の反論を示している。
カリキュラム・アソシエイツの弁護士は裁判所への提出書面で、原告側の主張を「法廷に持ち込むべきではない反テクノロジー活動」だと批判した。同社は2月の却下申立てで、「本件は、原告およびその代理人が、学校でのテクノロジー利用のあり方を変えるために、立法手続きではなく裁判所を利用しようとする、イデオロギー的動機に基づく活動の最新例に他ならない」と述べた。
一方、テクノロジー利用に批判的な活動家で、リデル夫妻が手がける複数の訴訟の原告でもあるニッキー・ペトロッシ氏は、保護者が当初訴えていた不満は、必ずしもデータプライバシーに関するものではなかったと話す。ただ、この問題についての理解を深めるにつれ、生徒データが商業目的に利用されていると考えるようになり、訴訟こそが改革への道だと考えるようになったという。
「保護者の同意、しかも十分な説明を受けた上での同意が必要だと法的に認められれば、学校はどのプラットフォームと契約するかについて、もっと具体的かつ慎重になると思う」。ペトロッシ氏は自身の子どもたちをカリフォルニア州フラートンの公立学校から転校させ、テクノロジー利用を避ける古典教育型のチャータースクールに通わせている。
リデル夫妻はデータプライバシーをめぐる集団訴訟に加え、学校配布の端末によって子どもが身体的・精神的被害を受けたと訴える家庭の代理人も務めている。
アルファベット傘下のグーグルを相手取った訴訟がその一例だ。原告の家族は、学校から支給されたクロームブックが原因で、息子が深刻なポルノ依存に陥ったと主張した。
グーグル側の代理人を務めるパーキンス・クイ法律事務所の弁護士は裁判所への提出書面で、原告の請求は通信品位法230条によって認められないと反論した。同条は1996年に制定された連邦法で、オンラインプラットフォームを利用者が作成したコンテンツに関するオンラインプラットフォームの責任を一般的に免除するとしている。グーグルはさらに、製造物責任法の下で、精神的被害・苦痛について訴えることはできないとも主張した。同社はコメントの要請には応じていない。
<大手法律事務所が反撃>
リデル夫妻は、シアトルの「ハーゲンス・バーマン・ソボル・シャピロ」やフロリダ州の「モーガン・アンド・モーガン」といった大手法律事務所とも連携しながら、複数の訴訟を起こしている。少人数のスタッフも雇用しているものの、いずれの訴訟からもまだ報酬を受け取っていない。
一方、訴えられた教育テクノロジー企業側は、全米有数の大手法律事務所を起用し、徹底抗戦の構えを見せている。
カークランド・アンド・エリス法律事務所はエドテック企業「パワースクール」の代理人として、リデル夫妻に対する制裁を求める申し立てを行った。訴訟の原告が、問題とされた製品を実際には使用していなかったことが判明したためだ。カークランド側は、パワースクールがその事実を明らかにするために「2年近くと数百万ドル」を費やしたと指摘した。
連邦判事はこの申し立てを退けたが、本件は8月に集団訴訟として認定するかどうかを巡る審理が予定されている。リデル夫妻は、混乱の一因はパワースクール側の運用にあると主張。保護者が自分の子どもがその製品を使っているかどうかを把握しにくい仕組みになっている、とした。
パワースクールの広報担当者は訴状の主張が不正確だとし、同社は関係法令と学区との契約に従い、生徒データを保護していると述べた。
法的には逆風はあるものの、ジュリー氏は、子どもたちが使う画面の背後にいる企業に対する米国人の見方が変化しているとみている。
「大手テック企業は、子どもを含めた消費者のことを考えてはいない。そういう認識が今、社会全体に広がりつつある」。