異例尽くしで、かつ市場に混乱を引き起こしているトランプ米大統領を表す巧妙な手法の一つが、メキシコ料理にちなんだ頭字語(アクロニム)作りだ。
その代表例が「TACO(Trump Always Chickens Out=トランプ氏はいつも最後は怖じ気づく)」で、事態をエスカレートさせながらも、経済的・政治的コストが重くなると最終的には後退するという、トランプ氏の傾向を皮肉った言葉だ。
さらにEMPANADA(Everybody Makes Promises And Nobody Actually Delivers Anything=誰もが約束だけはするが、結局誰も実際には動かない)という表現も生まれた。トランプ氏の厳しい関税を回避しようと、各国が実現不可能な貿易面での約束を次々と打ち出す状況を揶揄したものだ。(訳注:エンパナーダはスペインや中南米で広く好まれている具入りパン)
最近ではNACHO(Not A Chance Hormuz Opens=ホルムズ海峡が開く見込みはない)という言葉も流行した。要衝ホルムズ海峡は、6月17日に米国とイランが暫定和平合意に署名したことで、ある程度正常化した。しかし、そのわずかな安心感さえ揺らいでいる。トランプ大統領が7月8日、合意の覚書(MOU)は「終わった」と発言し、ホルムズ海峡が再び国際社会の緊張要因となるリスクが再燃したためだ。(訳注:ナチョスはトルティーヤチップスの上にさまざまな具材をのせたメキシコ発祥の料理)
そうした中で恐らくトランプ氏を最もよく表すメキシコ料理の頭字語は「TAMALES」だろう。「Trump Always Messes Around, Leaves Everybody Shafted(トランプ氏はいつも事態をかき回し、最後は皆がひどい目に遭う」)の略だ。(訳注:タマレスは、トウモロコシの粉を練った生地に具材を詰め、トウモロコシの皮などに包んで蒸し上げた伝統的なメキシコ料理)
この表現は社会や政治などの面で当てはまるが、トランプ氏の政策や行動によって最も大きな影響を受けているのはコモディティー(商品)市場だ。銅やアルミニウムの輸入関税からイランとの戦争に至るまで、トランプ政権の政策はサプライチェーン(供給網)の混乱や世界的なインフレ圧力の高まりなど、市場にさまざまなゆがみをもたらした。
<対イラン戦略の誤算>
その影響が最も顕著だったのが、2月28日に米国とイスラエルがイランに対して開始した戦争だった。軍事面では当初一定の成果を収めたものの、この戦争は米国にとって戦略的にも経済的にも敗北に終わった。イランの弾道ミサイル能力の排除を含め、掲げた目標はいずれも達成できていない。
むしろ、イランの新たな強硬派政権は、ホルムズ海峡を封鎖することで世界経済を人質に取る力を持つことを学んだ。戦争前には、世界の原油、石油製品、液化天然ガス(LNG)の約20%に加え、硫黄やアルミニウムも相当量がこの狭い海峡を通過していた。
つまり今回の戦争によって、ペルシャ湾岸地域から供給される原油、石油製品、LNGには、それまで存在しなかった新たなリスクが上乗せされたことになる。
サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェートといった、湾岸の産油国であり米国と同盟関係にある国は、一段と強硬姿勢を強めたイランへの対応を迫られることになった。しかも、トランプ氏との最終合意によって凍結資産の解除やイラン産原油への制裁解除が実現すれば、イランは資金力も一段と増す公算が大きい。
日本、韓国、シンガポールなど中東産原油への依存度が高い国に加え、中国やインドといった中東産原油を大量に輸入している国もエネルギー安全保障の見直しを迫られている。
こうした動きは、国家備蓄の規模拡大や保管場所の分散につながる可能性がある。対象も原油や燃料だけでなく、肥料の原料や金属鉱石の精錬に用いる硫酸の材料として不可欠な硫黄をはじめ、さまざまな金属・資源へと広がるだろう。
原油価格は一時、イランを巡る戦争前の水準まで下落したものの、中東からの供給が再び混乱するとの懸念から8日には4%超上昇し、約2週間ぶりの高値を付けた。アジアでは軽油やガソリンなど石油製品価格も依然として高止まりしており、家計や企業のコスト負担を押し上げている。
<ボラティリティー拡大が特徴>
トランプ氏が昨年1月の大統領返り咲き後、米国の銅輸入に最大50%の関税を課すとの観測が広がったことで、米国内の価格とロンドン金属取引所(LME)の国際指標価格の差(プレミアム)が拡大し、米国向け銅輸入は急増した。
トランプ政権に一貫した特徴があるとすれば、それは政策や行動によって市場のボラティリティーや意図しない副作用を生み出す一方、掲げた政策目標の多くを達成できていないことだ。
関税政策は米国の貿易赤字を縮小しておらず、製造業の本格的な復活もまだ実現していない。その一方で、インフレを押し上げ、世界のコモディティーの流れを変えてしまった。
対イラン戦争も、体制転換やイランのミサイル・核開発の脅威の除去にはつながらなかった。しかし、燃料価格とインフレを押し上げ、世界のエネルギー安全保障を脅かし、米国の国力と影響力の限界、さらにはますます頼りにならない同盟国になりつつある米国の価値を改めて考えさせる結果となった。
こうした点を踏まえれば、トランプ政権を表現するメキシコ料理の頭字語として、TAMALESは実にふさわしい。
もっとも、公平を期すならTAMALESもTACOやNACHO、EMPANADAと同じ弱点を抱えている。問題は「always(いつも)」という言葉だ。トランプ政権にも、狙い通りの成果を上げた政策が全くないわけではない。
その一例が、中国の支配や影響力を受けない重要鉱物のサプライチェーン構築に向けた取り組みだ。トランプ政権は、レアアース(希土類)、リチウム、コバルト、タングステンなどの鉱物について、採掘・精製能力を拡充するため、多くの国々と協定を締結してきた。これにより投資資金の流入が促されるとともに、採算の取れる価格で十分な需要が見込めるとの確実性が高まり、鉱山開発プロジェクトが前進する環境が整った。
もしトランプ政権がこうした手法を他の政策分野にも広げることができれば、TACOやTAMALESといった皮肉な頭字語はいずれ不要になるかもしれない。
しかし現実には、第2次トランプ政権をこれまでを特徴づけてきた「妄想」と「無能」が今後も続き、残りの任期中も市場を混乱させ続けるリスクの方が大きい。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)