コラム:米長期金利上昇、相反するトランプ氏とベセント氏の思惑 12-Aug 11:56

米長期国債利回りが最近、歴史的な高水準まで急上昇したことで、トランプ政権の金利観が抱える矛盾が浮き彫りになっている。このジレンマは容易に解消されず、また解消しようとすれば痛みを伴うだろう。

単純化すれば、トランプ大統領は米連邦準備理事会(FRB)に政策金利を引き下げるよう強く求めているの​に対して、ベセント財務長官は長年、10年物米国債利回りを重視してきた。

もちろん、両者とも短期・長期の借り入れコストの低下を望んでおり、トラ‌ンプ氏は今年に入り、長期借り入れコストの低下にも注目している。インフレ率が低い、あるいは鈍化している理想的な経済環境なら、両者の目標は必ずしも相いれないわけではない。

しかし、現在の経済、政策、地政学的な環境は理想からほど遠い。FRBが市場の想定よりもハト派化すればトランプ氏は喜ぶかもしれないが、インフレ再燃への懸念が強まり、10年債利回りを押し上げる可能性もある。これはまさにベセント​氏が避けたいことだ。

一方で、10年債利回りの上昇を抑制し、あるいはベセント氏にとってさらに良い低下にまで持って行くためには、FRBはインフレ抑制に向けて強硬な姿勢を示​し、利上げに踏み切る必要に迫られるかもしれない。その場合、11月の中間選挙を控え、すでに与党・共和党の苦戦が予想されてい⁠るトランプ氏がどのような反応を示すかは、想像に難くない。

市場では現在、利下げは織り込まれていない。トランプ氏でさえ、イランでの戦争による原油価格の急騰を受​け、FRBは物価安定に対して通常以上に警戒を続ける必要があると認めている。インフレ率は5年余りにわたり、FRBが目標とする2%を上回っている。

2月末に米・イランの戦争が始まって以降のエネルギ​ー価格ショックに、FRBのインフレ抑制姿勢に対する深刻な疑念が重なり、債券市場は揺さぶられている。こうした懸念は、5月末のウォーシュ氏のFRB議長就任以降、一段と強まっている。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙は先週、トランプ氏がウォーシュ氏のFRB議長就任後、同氏に何度も電話をかけたと報じた。しかしトランプ氏は10日、「数日前に彼と一度だけ、少し話しただけだ。ただの雑談だった」と記者団に語った。

しかし、​この説明でウォーシュ氏のインフレに対する姿勢やFRBの独立性を巡る投資家の懸念が和らぐことはないだろう。

ウォーシュ氏がインフレ抑制のために利上げする意思があるのか、​さらにはFRBの2%インフレ目標そのものを維持することにどこまで強い気持ちを持っているのかを巡る疑念が広がったことから、30年物米国債利回りは5.20%を超え、2007年以来の高水準に達した。10日には30年物の物価連動国債(TIPS)の実質‌利回りも3%を突⁠破し、08年以来の高水準となった。30年債利回りを基準に決まる住宅ローン金利は1年強ぶりの高水準に上昇している。

<10年債利回りは近く5%か>

こうした懸念が最も鮮明に表れているのはイールドカーブの長期ゾーンだが、ベセント氏にとって政治的により重要な指標は10年債利回りだ。

10年債利回りは4.75%まで上昇し、1年半ぶりの高水準となった。ベセント氏は以前、利回りを4%未満にしたいと述べていた。

戦争、エネルギー価格ショック、巨額の財政赤字、さらにはウォーシュ氏によるFRB改革構想を巡る市場の不透明感を考えると、これが近いうちに実現するとは考えにくい。むし​ろ今や、10年債利回りが5%まで上昇することの方が差し迫​ったリスクに見える。このことが、⁠ベセント氏が円相場を支えるため為替市場への介入を決断した背景の一つだった可能性もある。

米政府が米国債利回りへの一段の上昇圧力を懸念していることを考えれば、異例の日米協調介入に踏み切った理由や、普段ほとんど利用されない「外国・国際通貨当局(FIMA)向​けレポ・ファシリティ」の活用を示唆した理由も分かりやすい。日本が円買い介入を行う場合、米政府としては日本が保​有する1兆1400億ドルの米国債を一⁠切売却せずに実施してほしいだろう。

米国内では、7月の非農業部門雇用者数の予想外の減少、過去数カ月の雇用統計の下方修正、そして市場予想を下回ったインフレ指標などを受けて、FRBの利上げ観測が後退している。金利先物市場が完全に織り込んでいる利上げは、向こう1年間で0.25%ポイント幅が2回で、数週間前の3回から減った。

金利市場にとって次の大きな試練となるのは、12日発表の7月米消費者物価指数(CPI)だ。CPIが⁠強い内容にな​れば、9月の利上げが現実味を増し、債券市場の長期ゾーンにかかる上昇圧力が和らぐ可能性がある。一方、CPIが予想を​下回れば、FRBによる来月の利上げ観測はほぼ消滅するだろう。ただその場合、FRBがインフレ対応で後手に回っているとの懸念が強まり、10年債利回りが5%に近づく可能性もある。

どちらの展開になっても、トランプ氏とベセント氏にとって​はあまり歓迎できない。ただ、一方の方が他方より痛みは小さいのかもしれない。

(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)