コラム:ドル安より米国債を警戒せよ、市場が過小評価する財政リスク 17-Feb 17:26

ドルの長期的な価値下落を懸念してドル建て資産を圧縮する「ドル・ディベースメント」取引があちこちで話題になっている。しかしある種のリスク指標に照らすと、投資家が完全に間違っていることが分かる。彼らはドルが直面する問題を過大視している一方、米国債にとっての脅威は過小評価しているのだ。
ドルは過去12カ月で全ての主要通貨に対して下落し、金やその他貴金属の価格は高騰して最近は過去最高値を更新している。これはディベースメント取引が実際に稼働しているのを目にしていることを意味するのだろうか。
必ずしもそうではないし、少なくともそう単純な話にはならない。

「ディベースメント」取引という定義は不適切であるものの、それは2つの要素で構成されているようだ。片方では、財政でも外交でも米国の政策に対する不満を持った資産運用者がドルへの投資を減らし、ドルが安全資産としての役割を果たさなくなる恐れや、世界の基軸通貨としての地位を失う事態さえあり得る、という投資家の不安がある。
もう片方には、米国の財政悪化がやがて米国債の急激な価値下落、最悪の場合はデフォルト(債務不履行)に至り、結果的にドルの価値が下がるのではないかとの視点も挙げられる。
一見しただけで双方の見方の根拠はかなり薄弱に思える。ドルは確かに昨年10%前後も下落したが、それ以前の10年でおよそ50%上昇した後という事実があり、世界の基軸通貨としての地位を失う状況には程遠い。
米国債利回りが警鐘を鳴らすことは珍しいが、投資家がドルないし米国債を保有することに対して慎重になっているかどうかを探る別の方法もある。それはいわゆる「コンビニエンス・イールド」、つまりドルおよび米国債を現物としてそのまま保有する場合の利回りと、デリバティブの組み合わせを通じて同等のポジションを合成する場合の利回りの差分が示す現物保有の付加価値だ。
投資家は後者の合成ポジションを選択するかもしれない。なぜなら米国を信用リスクの相手方(カウンターパーティー)としたくないか、実際に売却できない外国債を保有したくないからだ。
このドルないし米国債の合成ポジション構築は面倒なため、必然的に現物よりも利回りが高くなる。
もし、これらの取引を行っている投資家(通常はヘッジファンドや中央銀行など世界で最も洗練された投資家)がドルの価値下落を恐れているなら、コンビニエンス・イールドは低下するはずだ。
しかし現実はそうなっていない。少なくともドルにその傾向は見られない。ドルのユーロに対するコンビニエンス・イールドは過去10年間ずっと安定を維持し、プラスの領域にある。つまり投資家は合成ポジションよりもドル現物を選好している。 

もっとも米国債の場合、話は違ってくる。ドイツ国債に対するコンビニエンス・イールドは過去15年で実質的にマイナス圏に入っており、投資家はドイツ10年債を使った合成ポジションよりも、米10年債現物を保有するリスクが相当大きいと考えていることを意味する。
とはいえ米国債のコンビニエンス・イールド低下の大部分は、米国の財政赤字の国内総生産(GDP)比が持続的に4%以上に膨らみ始めた2010年代に起きている。
実際過去6カ月では米国債のドイツ国債に対するコンビニエンス・イールドは上昇し、米国債のリスクプレミアムが縮小している様子がうかがえる。これは長年緊縮財政を続けてきたドイツが防衛やインフラの分野への支出を賄うため財政赤字を増やし、米国に対する財政の優位性が縮まっているためだ。
重要なのは、最近公表された学術論文によると、ドルと米国債のコンビニエンス・イールドは平均するとユーロやドイツ国債だけでなく、主要通貨と先進各国国債に対して上昇している点にある。

<高まりそうな米財政リスク>
これら全てからは、ドルの価値が切り下がることへの恐怖は誇張されていることが分かる。また米国債の取引には価値下落懸念が反映されているかもしれないが、それは10年余り前からずっと存在している。
そこで次に出てくる新たな疑問は、現在の米国の財政政策軌道を踏まえて、投資家が米国債の価値下落リスクを過小評価しているのかどうかになる。
米国債に関して投資家がリスクプレミアム拡大を要求すべき理由は多く、中でも最も明白なのは、持続的な巨額の財政赤字に起因する膨大な供給量と、外国人投資家が現在、国債を増発している多くの先進国という米国以外の選択肢を持っていることだ。
では米国債市場を本当に動かすかもしれない要因は何だろうか。
不安を抱えた国際的な投資家は、国債保有の分散化を継続し、米国債といくらかのドル需要を減らすかもしれない。
ただそうした分散化を真に加速させるのは、米国財政の急激な悪化だろう。そして米連邦最高裁が、国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠としたトランプ大統領の関税措置を違法と判断した場合、財政の急激な悪化が生じる可能性がある。
タックス・ファウンデーションの推計では、IEEPA根拠の関税は米政府に年間1000億-1300億ドルの税収をもたらしつつある。これが消失するか、さらに厳しい状況として米財務省が輸入品に課した関税の返還を迫られた場合、米国の財政ひっ迫感はほぼ一夜にして相当拍車がかかってもおかしくない。

米政府が別の法律に基づいて同等の関税を導入しようとしても、法的な限界のため税率は低くなりそうだし、発動に時間もかかる。
ということは、議会予算局(CBO)が見積もった2026年度でGDP比5.8%、あるいは多くのエコノミストが6.0%に達する可能性があると予想している米国の財政赤字は、一段と拡大するかなりの確率を持っている。
すなわち現在の米国債のリスクプレミアムは低過ぎる(コンビニエンス・イールドは高過ぎる)のではないだろうか。

(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)