金融市場では、終末論ほど広く受け入れられるテーマは存在しない。だが人工知能(AI)がもたらす「破壊的変化」を巡る最近の恐怖を背景とした株価下落と投資家心理の冷え込みはあまりにも激しく、その是非を検証してみるのが妥当だ。
昨年の大半の時期、ウォール街を席巻したAIに対する楽観ムードは恐らく正当化できなかっただろう。しかし足元で投資家の心臓をわしづかみにして、米国のソフトウエアセクターの株価を1カ月足らずで20%も押し下げた恐怖心もまた、合理性を欠いている。
こうした不安感は、AIによる終末論的なシナリオを喧伝し、拡散させてきた一連の長文ブログによってかき立てられてきた。ホワイトカラー数百万人が失業し、購買力は消滅、需要は砕け散って経済はデフレ的な急降下に陥り、株価は暴落する、という内容だ。
直近の懸念が浮上したきっかけは、調査会社シトリニのアナリストチームが22日に公表した「2028年世界的インテリジェンス危機」と題した文章だった。当初Xに投稿された内容は、1000万回近く閲覧された。
その前の9日にはAI企業アザーサイドAIのマット・シューマー創業者兼最高経営責任者(CEO)が「何か大きなことが起きている」と記し、翌日のXへの投稿は8500万回読まれた。
これらの投稿は単にシナリオを描写しただけで、予測や見通しではないし、ハードデータの裏付けもない。
ではなぜ市場心理と投資家の行動に大きな影響を及ぼしたのだろうか。
それは恐らく、資産保有階級の構成メンバーである金融アナリストやビジネスマネジャー、法務、銀行、会計などのホワイトカラー職に従事し、AIによる解雇の標的となり得る人々が抱く、心の最も奥深くにある恐怖に訴えかけているからだろう。個々の恐怖が共鳴し合えば、非常に騒がしくなってもおかしくない。
このような恐怖には根拠がないとも言えない。AIの力と進化スピードは目を見張るほどで、実際に現実化するかどうかは別としても、今後数百万人が失業するという見通しは恐ろしい。
議論にはもう一つの側面もある。AIが成長、生産性、投資、広範な富の創出、株高という強気の波を呼び起こす、「コップの半分は満たされている(明るい方に目を向ける)」シナリオを提示する記事や投稿も幾つか出てきている。
楽観的意見も同様に推測に基づき、示唆に富んでいるが、その広がりや市場への影響は悲観論に比べればずっと限定的だ。例えばクワイエット・キャピタル・マネジメントのパートナー、マイケル・ブロック氏が22日にXへ投稿した「2028年世界的インテリジェンス・ブーム」は視聴回数110万回と、かなりの回数ではあるものの、終末論的投稿が稼ぎ出した視聴回数に比べるとごくわずかで、市場の反応も乏しい。
<見えにくくなった現実>
もしも「AI終末論のバブル」が拡大しているのであれば、恐らく今はそれをしぼませるべき時期ではないか。
まずはバリュエーションの話から始めよう。最近数カ月で米国のテック株はじりじりと下落し、資金が他のセクターに流出した。そのためテック株は現在、12カ月先予想株価収益率(PER)で比較すると、退屈でディフェンシブな生活必需品セクターとほぼ同水準になっている。
同じ尺度を使えば、テック株のS&P総合500種に対するプレミアムはほぼ6年ぶりの低水準に沈んだ。個別銘柄では、小売大手ウォルマート(WMT.O)
が、アップル(AAPL.O)
やマイクロソフト(GOOGL.O)
、アマゾン・ドット・コム(AMZN.O)
、アルファベット(MSFT.O)
、エヌビディア<NVDA.O>といった巨大テック企業よりも割高だ。
そうした価格水準は、足元のAIを巡る恐怖と、以前の盲目的な楽観ムードのどちらかが行き過ぎだったことを意味し、恐らく双方が多少なりともそうだったのだろう。
もちろん現実にはAIチップの行く末がどうなるかは誰にも分からない。投資家は24日、アンソロピックが投資銀行や人事の分野を対象とした複数の新しい追加サービスを発表したことを好感した。
とはいえわずか数週間前に同じアンソロピックが発表した新サービスは、ソフトウエア株やテック株の下落を助長している。確かに今回のニュースは、AIによる既存事業の置き換えではなく「連携」に言及したものの、これほど対照的な反応になった点は注目される。
このような喧噪の中でも、AIが現在の雇用に与える影響について具体的なデータが幾つか存在する。24日にダラス地区連銀のエコノミスト、J・スコット・デービス氏が公表した観測可能なデータに基づく分析によると、これまでのところAIは労働者を支援する役割と、代替する役割を併せ持っているという。
デービス氏は、若い労働者が就職市場に参入する際には「厳しい」状況に直面する一方で、「経験豊富な高齢の労働者、特に経験プレミアムが高く、AIがそうした暗黙知を補う可能性が高い職種に従事する人々にとって広範な雇用喪失を懸念する根拠は少ないようだ」との見方を示した。
このようなデータに基づくバランスの取れた落ち着いた分析は多くの注目を集めない。だが恐怖心が実際に起きている事態を覆い隠すことが時にはある、と絶好のタイミングで思い出させてくれる。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)