金融市場では、この数日、円債買い(金利は低下)と円買いが相乗的に進んでいる。日本売りとまで言われた相場から一転して逆の動きになっている。背景には、金利上昇に神経質になる米国の意向を巡る思惑と日米の政策金利見通しの変化がある。市場関係者は、加えて、相場に大きな影響をもたらす存在を指摘している。300兆円規模の運用資産を持つ年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)だ。
GPIFは、経営委員会を8月として7年ぶりに開催、議事次第には「基本ポートフォリオ検証等PT(プロジェクトチーム)における議論について」との報告事項が記載されていた。
3月開催の経営委員会では、同PTから基本ポートフォリオの見直しを検討する必要はない旨が報告されていた。「わずか5カ月後に再度議論が行われたとすれば、極めて異例のことだ」と大和総研の調査本部フェロー兼エグゼクティブ・サステナビリティ・アドバイザー、塩村賢史氏は指摘する。
<蒸し返されるポートフォリオ見直しの思惑>
市場ではもともと、GPIFの資産構成見直しに対する警戒感と期待が交錯していた。片山さつき財務相兼金融相が7月10日の閣議後会見で「GPIFをはじめとする年金基金に、日本の金融資産にさらなる投資をしていただく後押しをする方策を追求したい」と発言したためだ。
GPIFが資産比率を1%動かすだけでも約3兆円の資金移動が生じる。当時は国内債券への投資拡大期待から一時的に円高・債券高で反応した。その後は具体的な進展が見られず、市場の関心は後退しつつあった。
ところが、円金利が上昇基調をたどる中、今回の8月委員会の「異例」とされる開催が明らかになったことで、市場の思惑が蒸し返されたかたちだ。円債市場では「円債の比率を引き上げるのではないかという漠然とした思惑がある」と、りそなホールディングス市場企画部の梶田伸介チーフストラテジストはいう。
現在の基本ポートフォリオは国内外の債券・株式に各25%を均等配分する設計で、国内債券・国内株式・外国株式にプラスマイナス6%、外国債券に同5%の乖離許容幅が設定されている。
現在の比率は国内債券26.91%、国内株式23.81%とSMBC日興証券のシニア金利・為替ストラテジスト、丸山凜途氏は試算する。乖離許容幅を考慮すると、それぞれ12.26兆円、21.55兆円増やせる計算となる。
丸山氏の試算に基づいて仮に乖離許容幅をすべて円資産購入に振り向けた場合、30兆円規模の円買いを生じさせることができる。
GPIFは前提として、現在の運用環境は基本ポートフォリオが想定しているものから大きく乖離しているとは考えていないと説明している一方、基本ポートフォリオについては「市場環境の変化に応じて専門的な見地から毎年度、適時適切に検証しており、必要があれば見直しの検討を進めることになる」と説明している。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト、植野大作氏は、長らく低迷した円金利が上昇してきた局面でポートフォリオを見直すことは悪くないとみる一方、ある程度はリバランスで対応可能だろうと指摘。「タイミング的に米国の意向を踏まえた(相場)安定化策との思惑を惹起しやすい。長い目で見て日本の年金への信用が揺らぐリスクがある」と話している。
<「議事概要」待ちに>
市場では、政治サイドの意向を受けて検討したというアリバイ作りが目的との見方も聞かれる。大和総研の塩村氏は、金利上昇を踏まえて改めて報告したに過ぎないか、実際にポートフォリオの変更を視野に入れているのかいずれかだと指摘する。GPIFの運用スタンスは基本ポートフォリオからの乖離の最小化を目指すこととされ、仮に見直すとすれば比率との見方が有力となっている。
経営委員会で、仮に各種計数の再確認が必要と判断され、見直し検討の必要性が決議されれば、基本ポートフォリオの正式な改定作業へと移行することになる。ただ、基本ポートフォリオの変更を念頭に置く場合、10数回の経営会議が見込まれ、仮に実施することになるとしても1年以上先になるとして、市場の動きは「思惑先行の部分がある」とSMBC日興の丸山氏はみている。
8月の会合で実際にどのような議論が交わされたかは、数カ月後に公表される議事概要を待つ必要がある。ただ、それまでの間でも、次回や次々回に同じ議題が上ってくるようなら、ポートフォリオの見直しに向けて「少なくともポーズではないということになるのではないか」と大和総研の塩村氏は話す。
(平田紀之 編集:橋本浩)