中国では12日に死去した朱鎔基元首相が、同国が台頭する重要な時期に最も大きな影響力を振るった経済政策の立案者として記憶されるだろう。朱氏は中央政府の税収基盤を強化し、後に世界貿易機関(WTO)加盟を実現させた。この二つの功績は数十年にわたる経済成長を促した半面、不動産の売却と輸出に過度に依存する経済モデルを生んだ。20兆ドル規模の中国経済がこうした構造的欠陥を克服するには、朱氏に劣らぬ大胆さが求められる。
朱氏は1991年に副首相に就任し、その後、中国人民銀行(中央銀行)総裁も兼務。危機的な局面にあった中国経済の事実上のかじ取り役となった。インフレ率は20%近くまで上昇し、中国は1989年の天安門事件がもたらした外交的打撃と、それに伴う経済的余波になお苦しんでいた。市場重視の改革は共産党内の保守派から激しい抵抗に遭い、当時の最高指導者トウ小平氏は政治的な行き詰まりを打開するため、92年に南巡講話に踏み切らざるを得なかった。
機能不全に陥った中国経済に処方箋を示した医師がトウ氏だとすれば、執刀医は朱氏だった。その大胆な手術の影響は今も残る。朱氏が94年に実施した財政改革は中央政府の財政を立て直し、その力を強めた。一方、税収を中央に集中させながら、歳出の多くを省や市に負担させたため、地方当局は土地売却や簿外融資を収入源として頼るようになった。このため、習近平国家主席が2021年に不動産開発業者の債務削減を進めると、既に不安定だった地方財政は窮地に陥った。
朱氏が国際舞台で成し遂げた最大の功績は、01年に中国のWTO加盟を実現し、その後数十年にわたる輸出主導の成長に道を開いたことだ。しかし、その代償として中国経済は海外市場と外国からの投資に大きく依存するようになり、25年の貿易黒字は過去最大の1兆2000億ドルに膨らんだ。内需が低迷する中、この成長モデルの弊害は一段と鮮明になっている。政府が「内巻」と呼ばれる消耗的な過当競争の抑制に乗り出しているにもかかわらず、企業は必死に値下げを続けている。一方、中国国内で行き場を失い海外に向かう製品に対し、貿易相手国の反発も強まっている。
中国政府が今日直面する問題は、多くの点で朱氏の経済改革が残した課題だ。当局は不動産不況に歯止めをかけ、債務を抱えた地方政府の新たな財源を確保し、消費主導型の成長への転換を目指している。しかしこれらの目標を達成するには、朱氏が得意とした専門官僚的な政策対応だけでは不十分だ。富裕層と貧困層、中央政府と地方政府、国有部門と民間部門の間で資源と権限を再配分するという、政治的に困難な改革が必要になる。
こうした改革は既得権益層を動揺させかねない。朱氏はそのことをよく理解しており、かつて敵のために99個、自分のために1個の棺おけを用意したと語ったことで知られる。後継者たちが現在の難題に立ち向かうには、朱氏と同様の決意が求められる。
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(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)