トランプ米大統領は、自身が期待するスピードで利下げを行わなかったとして、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル前議長に「遅すぎ(Too Late)」というあだ名を授けた。だが後任のウォーシュ新議長は、間もなく政策金利の引き上げを迫られるかもしれない。
イランでの戦争に起因する供給ショックは既に消費者物価を押し上げており、その影響が広がりつつある。早期の利上げは金融市場を驚かせ、トランプ氏を憤慨させるだろうが、ウォーシュ氏が自身とFRBの正当な独立性を回復する一助となってもおかしくない。
トランプ氏が2月28日にイランを攻撃する前まで、政策担当者らの焦点は、FRBが今年後半に政策金利を25ベーシスポイント(bp)、あるいは50bp引き下げるかという点にあった。ただ現在はCMEフェドウオッチに基づくと、先物市場は年内に少なくとも1回の利上げが行われる確率を50%と予測する。11月の議会中間選挙前にFRBが利上げに踏み切る可能性は30%だ。
利上げの時期を今夏に前倒しすることは、一見すると強引に思えるかもしれないが、後から振り返れば賢明な判断だったと証明されるだろう。2020年のパンデミックに続くサプライチェーン(供給網)の混乱は、物資不足や購買パターンの変容によるインフレ圧力をもたらした。同様に今回、ホルムズ海峡が再開されたとしても、その混乱を解消するには少なくとも数カ月はかかるはずだ。
混乱の一部は既に4月の米経済指標に表れている。価格変動が緩やかな品目で構成されるアトランタ地区連銀の「スティッキープライス(粘着価格)消費者物価指数」は、3月に2.4%上昇した後、4月には年率換算で4.6%も上がった。これはFRBが目標とする2%の2倍以上の伸びだ。卸売物価指数(PPI)も前年同月比で6%上昇しており、こうした過熱感はいずれ消費者が支払う価格へと跳ね返ってくるだろう。
ウォーシュ氏は、物価上昇率が約1%、失業率が約10%だった2010年に、物価上昇の危険性を警告したことで知られている。今また早期利上げを推し進めれば、かつてのタカ派としての評判を取り戻すことができるだろう。
ウォーシュ氏の新たな同僚となる連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーらも動揺している。4月のFOMC議事要旨からは、当局者が戦争による混乱を考慮していることが見て取れる。以前は利下げを支持していたウォラー理事も先週、インフレ期待の歯止めが利かなくなるのを放置すれば、中央銀行は「再び後手に回る(ビハインド・ザ・カーブ)」リスクがあると訴えた。
一方ウォーシュ氏が様子を見るべき理由も幾つかある。2007年以来の水準に達している長期国債の利回り上昇は、資本コストを押し上げることで、既にFRBの役割の一部を代行している。性急な利上げは株式市場を動揺させ、経済への信頼を損なう恐れもあるし、ウォーシュ氏としてはどうしても必要な場合を除き、選挙直前の行動には消極的になるかもしれない。
それでもウォーシュ氏はこの機会を逃すべきではない。トランプ氏によるパウエル氏への度重なる「口撃」は、FRBの将来的な独立性に疑問を投げかけた。予想よりも早い利上げは、ウォーシュ氏が誰かの言いなりではないことを証明し、最新の価格ショックを抑え込む決断力を示すとともに、組織への信頼と金融政策の独立性を高めることになるだろう。トランプ氏から「早すぎる(Too Early)」という新たなレッテルを貼られるリスクは、それを冒すだけの価値を秘めている。
●背景となるニュース
*20日に公表された4月28-29日開催のFOMC議事要旨によると、大半の参加者は物価上昇率がFRBの目標である2%を継続的に上回る場合、「ある程度の金融引き締めが適切になる可能性が高い」と考えていたことが分かった。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)