英国で欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票が実施されてから10年が経過し、現在の与党労働党内ではEU再加盟を巡る議論が激しさを増している。これが差し迫った問題になるかどうかは、親EU派で次期労働党党首の座を狙うアンディ・バーナム氏と、EU懐疑派のナイジェル・ファラージ氏が率いる新興右派ポピュリスト政党「UKリフォーム」の候補が対決すると目されている6月の下院補選にかかっているかもしれない。この選挙結果次第では、今はマンチェスター市長のバーナム氏が首相に上り詰める可能性がある。しかしもし将来の英政府がEUの門を叩くことがあれば、EU側は予備交渉に時間を費やし過ぎないのが得策だろう。
もちろん、欧州各国政府はより差し迫った懸案を抱えている。ロシアに対する信頼ある防衛体制の構築に向けた資金確保、フランスやイタリアの重い債務負担、そして反EU政党の台頭などだ。またEU側は改めて加盟候補国となる英国に対して厳しい質問を投げかけることも予想される。具体的には単一通貨ユーロへの参加意思があるか、EU市民の英国での就労権を受け入れるか、そしてパスポートなしの移動を可能にするシェンゲン協定に参加するか、といった内容が含まれる。離脱前の英国は、シェンゲン協定とユーロの両方から適用除外(オプトアウト)を受けていた。
しかし現実の世界では、英国を再びEU陣営に迎え入れることへの欧州側の関心は圧倒的である。ウクライナに対するロシアの攻撃性、補助金を受けた安価な製品を市場に氾濫させる中国、そしてますます敵対的になるトランプ大統領の米国という状況下で、英国を再び引き入れることは、世界との交渉において欧州をより強力にするだろう。貿易交渉でも影響力が増す。2025年のデータに基づくと、英国が加われば域内の総輸出額は3兆5000億ドルに達し、中国の3兆8000億ドルにほぼ匹敵することになる。また国境を越えた連携の強化により、防衛体制もより効果的になる。さらに英国は決して軽視できないパートナーであり、EUの貿易額に占める比率は10年前の14%からは低下したものの、依然として10%もある。
EU側には妥協すべき理由がある。まずユーロ導入の問題は喫緊の懸念事項ではない。英国の交渉担当者が「共通通貨には決して参加しない」とあらかじめ断言しない限り、柔軟に対応できる余地はある。いずれにせよユーロ導入への第一歩は、財政赤字を国内総生産(GDP)比3%未満に抑え、インフレを制御することだ。英国は昨年の財政赤字がGDP比で4%を超え、物価上昇率も約3%となっており、まだその段階には達していない。
英政府がEU市民の就労権という原則を受け入れれば、シェンゲン協定についても別の妥協点が見つかる可能性が高い。金融サービス規制に関しては、離脱後の英国による独自の規制の試みが成長の起爆剤とならなかったことや、EU側も24年の「ドラギ報告書」を受けて競争力強化を目指していることから、双方が合意に至るのは比較的容易とみられる。
こうしたある程度の柔軟性は「多速度の統合(マルチスピード・ユニオン)」の様相を呈し始めている欧州の現状にも合致する。加盟国は防衛などの分野で必要に応じた連合を構築しており、ウクライナのような将来の加盟候補国も受け入れる必要がある。その点を考えれば、EUは強硬な姿勢をとろうとする本能的な反射行動を抑え、代わりに古くからの欧州の伝統である「パンと塩(心からのもてなしの意味)」をもって英国を暖かく歓迎すべきだ。
●背景となるニュース
*6月の英下院補選に立候補している中部マンチェスター市長のアンディ・バーナム氏は18日、英国の欧州連合(EU)再加盟の検討を提案していないと述べ、10年前の国民投票でのEU離脱決定を尊重する考えを示した。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)