欧州各地を見舞う今夏の猛暑は、気候変動への適応策に巨額を投じる必要性を浮き彫りにしている。たとえ欧州が、気候変動を巡る「文化戦争」で譲歩して温暖化抑制への関心が薄れたとしても、それは変わらない。
欧州では10年ごとに気温が0.6度上昇している。地球上でも記録的なペースで温暖化が進む欧州だが、冷房が整備されている世帯はわずか23%にとどまる。米国では冷房は今や、およそ9割の家庭で導入されている。この格差を解消するために必要なコストは、欧州政策当局が見込んだ金額をはるかに上回る可能性がある。
ブルームバーグの推計によると、今年の熱波による欧州での死者数は2万5000人を超えた。
オランダのトリオドス銀行は、気温が25度を超えると労働生産性が低下することなどから、熱波が今年の欧州連合(EU)経済に与える損失は1800億ユーロ(約33兆2260億円)にも上ると予測する。これはユーロ圏域内総生産(GDP)の1%に相当する。
企業も完全には身を守れない。格付け会社ムーディーズの新たな報告書によると、昨夏の異常気象は欧州で430億ユーロの損害に達したものの、保険金の支払額は約5億ユーロにとどまっている。
その一方で、EUの議員らは温室効果ガス排出の実質ゼロ(ネットゼロ)を目指す公約の一部を後退させている。これは必ずしも非合理的な判断ではない。世界の温室効果ガス排出量に占める欧州の割合は約6%であり、地球規模の気温上昇を抑える影響力には限界があるためだ。
欧州委員会はクリーンエネルギー投資戦略で、2030年代には年間約7000億ユーロの公的・民間投資が必要になるとの見通しを示した。この投資額は、欧州が回避しきれない気候変動への適応に充てる予定の支出をはるかに上回る。適応策にかかる費用は2050年までに年間690億ユーロと試算されているが、これは排出削減といった緩和策に対する支出のごく一部にすぎない。
この見通しは、エンジニアコンサルティング会社リカルドと地中海気候変動センターがEC向けにまとめた調査が示したもので、EU加盟27カ国が策定した適応戦略の優先事項を基に、人口規模や地理的条件、気候リスクが反映されている。最大の支出分野はインフラで年間290億ユーロに上り、その大半は建物の改修費用だ。こうした事例はEU域外でも確認されている。英国ではテムズ川の防潮堤を従来予想より早く交換する必要があるという。
しかしながら、こうした試算の中に家庭用エアコンの導入といった具体案は含まれていない。これまで気温があまり高くならなかった欧州では、長らくエアコンの導入が進んでこなかった。
状況は変わりつつある。2000年代初頭に発生した致命的な熱波を機に、イタリアではエアコンが広く受け入れられた。欧州の他地域でもこうした動きを追随する可能性が高い。インドでは必要に迫られれば冷却効率の低い機器であっても使用されるといった事例も確認されているが、導入するのであれば単に冷房能力だけでなく、冬季にはガスボイラーの代わりになる冷暖房兼用ヒートポンプの普及を促す方が望ましいだろう。
ただ、米国並みのエアコン普及率を実現するには、約1億5000万戸の住宅に改修工事が必要となり、1件当たりの費用は少なくとも2000ユーロに上る。維持管理費や電気代、電力網の増強費の大体の見積もり額も上乗せすると、年間コストはさらに300億ユーロ増える可能性もある。この金額には、連鎖的な気候災害の発生や、サプライチェーン(供給網)への影響は織り込まれていない。
欧州では長年、気候変動否定派と環境活動家の双方が、適応策を「受け入れがたい妥協案」とみなして退けてきた。しかし今や、誰もが真の代償から目を背けられなくなりつつある。
<背景となるニュース>
英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は16日、政府筋の話として、ロンドン中心部の重要地区を洪水から守るテムズ川の防潮堤について、従来見込まれた2070年ではなく、2050ー60年に更新が必要となる可能性があると報じた。更新費用は少なくとも200億ポンドに上る可能性があり、FT紙は気候変動に伴う異常気象の増加が背景にあると指摘した。
欧州干ばつ観測所は12日、EUと英国の面積の半分が干ばつの影響を受けていると発表した。このうち9%では、土壌水分の減少や7月の降雨量不足により深刻な影響が出ている。
ブルームバーグは6日、欧州各地の公的データを集計した結果、今年の熱関連死者数が2万5000人を超えたと報じた。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)