コラム:日銀利上げの「美しいシナリオ」に弱点はないか=上野泰也氏 27-Aug 09:42

日銀の利上げ加速が「におわせ」だけでもリスキーな理由について、筆者は7月29日の本欄で見解を述べた。ところがその2日後、米財務省の指示によりニューヨーク連銀が為替市場でユーロ売り/円買いを実施した。この「日米協調円買い介入」をベセント財務長官が決断する上では、日銀の植田和男総裁が協調介入直前の31日の記者会見で、追加利上げを9月以降の早期に行うと示唆したことが決め手になったと報じられた。

協調介入の効果を維持するために高市早苗内閣は日銀の早期利上げを支持しているとの報道も出ており、9月17、18日に開催される次回金融政策決定会合での利上げ​を金利スワップは8割以上の確率で織り込んでいる。6月の次の利上げが3カ月インターバルで9月になるなら、その次は12月、何らかの理由で後ずれしても来年1月という話になりやすい。27年前半も利上げが続くと、市場はみている。

27年7月のタカ派審議委員2名の任期満了、すなわ‌ち「リフレ派」の委員がおそらくさらに増えて日銀に対する高市政権の影響力が事実上増すまでに、今回の利上げ局面は終了して金融政策正常化は大きな区切りを迎えるという、日銀の現執行部にとって「美しいシナリオ」が意識されつつある。

けれども、このシナリオ通りに話が運ぶとは限らない。

まず、これまでも日銀の利上げ問題にきわめて大きな影響を及ぼしてきた為替市場の動向に大きな不確実性がある。

筆者が日々の報道を読んでいて漠とした違和感を禁じ得ないのは、7月31日に行われた「日米協調円買い介入」への過大評価である。

三村淳財務官が「日米通貨同盟の完成形」と述べたことが影響しているのかもしれないが、今回の局面で米国がこれまでに実施した為替介入は、ユーロ売り・円買いのみである。しか​も、ベセント氏がCNBCのインタビューで述べたところによると、欧州の中央銀行を含む関係当局と緊密に連絡しつつ、「単なる外貨準備の再配分に過ぎない」と説明したという。

円は市場であまりにも過小評価だとベセント氏が判断しているのなら、ドル/円相場でダイレクトに介入するのが​筋だろう。だが、ドル/円でたとえば160円近辺の水準で米国が介入したわけではなく、円防衛支持姿勢の強固さには疑問符が付く。対円でドルを売ると米国が掲げる「強いドル政策」への疑念を招き、米国債を含むドル建て⁠資産への米国外からの投資マネー流入に支障が出かねないからドル/円では動かなかったという説明がなされているわけだが、いずれにせよ米国の姿勢は中途半端だ。

ベセント氏はNHKのインタビューで、米国が協調介入を行ったのは「象徴的な意味合いがあったからだ」と説明した。その上で、同盟国である日​本との連携、高市政権の政策が長期的に円を強くする正しい政策だと考えていること、為替相場の過度な変動や円の不当な評価がアジアひいては世界経済全体に悪影響を及ぼしかねないと考えていることを列挙した。「介入は、シグナルを発信する手段だ」「日本の政策運営への信頼を市場に示したかった」との​発言もあった。

トランプ政権の姿勢を示すだけのシンボリックな協調介入であり、短期的に実効性を持たせる、要するに「効きめがある」協調介入にすることをベセント氏が最初から狙っていなかったのなら、今回の協調介入による対円でのドル押し下げ効果があまり大きくならなかったのは当然である。

為替に関する米財務省の姿勢がいわば「半身」で、何らかの理由でドル高/円安が急進行する場合に大規模介入で歯止めをかけようとする主体がこの先も日本の通貨当局だけだとするなら、状況の基本的な部分は協調介入の実施前から変わらない。

ここで一つ問題になるのは、日銀の利上げがこのままペースアップしていく場合には、利上げが打ち止めになるタイミングも当然前倒しになると市場​は受け止めがちになり、そのことを材料にしながら円売りを仕掛ける動きが出てくる可能性である。

日銀の利上げが積み重ねられることによって日米金利差が一段と縮小するなら、為替の円安地合いは抜本的に解消されるはずだという見方もあるだろう。

だが、実際にそうなる保証はどこにもない。為替市場が「​水準」よりも「方向」を材料にすることは十分考えられる。仮に、連邦準備理事会(FRB)が複数回の利上げを今後模索する場合は、なおさらだ。日銀の利上げは打ち止めだが、FRBの利上げは何回かありそうだという見方が広がれば、ドル買い/円売りが強まりやすいだろう。

タカ派的な論者は、それならば日銀もFRBに対抗する形で利上げをさらに重ね‌ていけばよいと主⁠張するかもしれない。

けれども、国内経済に及ぶ金融引き締め効果を度外視して、為替の変動に焦点をあてて中央銀行が金融政策を運営するのは、本末転倒である。

そして、仮にそうした「為替市場のおもちゃ」と化したような金融政策運営の結果、国内景気が腰折れしてしまう場合に、責任を問われるのは日銀だ。

上記のように考えると、日銀が利上げをペースアップした上で27年7月までに完了するという「美しいシナリオ」は、決して盤石ではないことが理解されるだろう。

さらに、利上げのペースアップに関するコミュニケーションを日銀はどこまで強めるべきかという、非常に悩ましい問題もある。

債券市場の地合いがきわめて脆弱であるだけに、タカ派姿勢を日銀があまりに強調すると長期金利の一段の上昇を引き起こしてしまい、成長戦略や予算編成との絡みで長期金利のさらなる上昇を何とか避けたい高市政権とのフリクションは増すだろう。

日銀からのタカ派メッセージを根拠に、3カ月ごとに1回といった利上げペースの加速を市場が高​い確率で織り込んでしまったものの、実際は何らかの理由で日銀がそう​できないケースでは、そのことを材料に為替市場で円売りが強まる⁠恐れもある。

日銀が7月の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)で掲げた、物価が上振れていくリスクにもつながる、すなわち利上げ加速の理由に用いられるとみられる3つの要因は、原油価格上昇の波及、グローバルな人工知能(AI)関連需要、為替の円安だ。

冷静に考えると、これら3つのいずれにもマーケットが関与している。すなわち、イラン情勢を背景とする原油先物の急騰とその後の高止まり、AI・半導体関連株が主導したグローバルな株価急上昇とその後の高値警​戒感からくる不安定な値動き、日米金利差が縮小しても続いている根強い円売り圧力である。

現在は早期の追加利上げに向けて、日銀に「追い風が吹きまくり」とでも言えそうな状況である。けれども、いずれか​のマーケットが想定外の動きを示すこと⁠により、様相が一挙に変わりリスクも潜在している。

総裁や副総裁がタカ派トークを連発するようなアグレッシブな情報発信を日銀は避けておくのが賢明だと、筆者は考えている。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

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