コラム:始まった貿易赤字拡大、解消されない円安の底流を探る=唐鎌大輔氏 26-Aug 15:11

協調介入後のドル/円相場は一時155円まで押し込まれたものの、本稿執筆時点では158─159円まで値を戻し、160円台復帰をうかがう地合いが続いている。元より為替介入政策は持続性を期待して行うものではないが、それにしても戻りの速さに驚く市場参加者は多いかもしれない。この点、やはり見るべき計数は政策を巡る思惑や金利情勢だけではなく、需給動向なのだと感じさせられる。

8月20日、財務省から公表された7月の貿易収支はマイナス6345億円と3カ月連続の赤字となり、金額としても6カ月ぶりの大きさを記録している。1─7月合計では約マイナス1.7兆円の赤字と決して大きくはないが、これは言うまでもなく原油の備蓄放出に​より輸入数量(ひいては金額)が抑制されていたことによる一時的な改善効果である。

上半期を振り返れば、半導体電子部品などを中心として輸出が堅調な伸びを維持しているものの、予見された原油輸入の急増が顕現化する中、赤字拡大が始まっていることは明らかだ。‌春先から完全に予想されていた展開であり、恐らく7月以降の円安加速もこうした動きと無関係ではないというのが筆者の基本認識だ。

<戻ってきた原油輸入>

6月以降、中東情勢の悪化を受けて途絶していた原油輸入数量が持ち直し始めており、7月時点ではイラン攻撃以前の水準に回復している。具体的に原油の輸入数量は4月に448万キロリットル(前年同月比マイナス63.7%)と統計開始以来で最低の水準を記録した後、5月は472万キロリットル (前年同月比マイナス57.3%)、6月は882万キロリットル (前年同月比マイナス13.7%)と前年比割れが続いたものの、7月は1210万キロリットル (前年同月比プラス5.5%)と完全に正常化を果たしている。

言うまでもなく貿易統計の金額は輸出であれ、輸入であれ、「価格×数量」で算出される。イラン攻撃後の日本の輸入は「価格」が跳ね上がっても「数量」が政策要因で抑えられているために「金額」が増えて​こなかったという経緯がある。代替調達が正常化されれば高い「価格」と正常な「数量」が掛け合わされ、貿易収支の赤字が「崖」のごとく急拡大するという展開は3月以降、筆者が最も懸念してきた円安要因の1つだった。

残念ながらその懸念通りの展開になっていると言わざるを得ない。

<遂に6割を切った中東依​存度>

厳密には6月から変調が見られていたが、7月に入ってから本格的に、日本の貿易収支、具体的に資源輸入は数量要因から価格要因に争点がシフトしたと言って差し支えない。上述の通り、7月の原油輸入数量は完全に前年水準を取り戻してお⁠り、恐らく8月以降も順当に伸びる公算が大きい。

しかも、その価格要因は一過性ではない可能性が高い。既報の通り、代替調達先は主として米国であり、7月時点の輸入依存度は中東が59.8%まで落ち込む一方、米国が36.1%まで急騰している。今年3月(94.4%)までは9割超が当然視されていた中東依存度が遂に6割未満となったことは極めて大きな変化である。

問題はこの状況が​持続性を帯びそうだということだ。中東情勢の混乱が終息しても「調達経路の多様化は進めておくべき」という問題意識は変わらないであろうし、実際、それが正しい対応だろう。ホルムズ海峡の航行がいつ危うくなるかもわからない状況で原油輸入の中東依存度を9割以上に保っておくのは合理的とは言えない。また、対米関係の在​り方を踏まえても、足元のような傾向はある程度不可避になるのではないか。

「一段と高価な原油を購入し続ける必要がある」という事実は貿易収支にとって構造的な変化であり、示唆する方向は間違いなく円安である。断っておくが、代替調達の完了自体は政府の大きな功績であり、望ましいことだ。しかし、為替需給に対する影響は別途、冷静に分析を与える必要もあるという話だ。

ちなみに、約2カ月前の価格が反映されやすいという貿易収支の特徴を踏まえると、6月は原油価格が下がっていたこともあり、8月の貿易拡大は比較的、穏当なもので済むかもしれない。しかし、7月以降の原油価格が再び80ドル台後半で定着しているため、それが潮流にはなることも難しいだろう。

<前年比で倍の赤字イメージ>

ここで改めて貿易収支のシミュレーションを更新しておこう。既に確​認したように、1─7月分の実績として、貿易収支の赤字は約マイナス1.7兆円だった。これに加え原油の国家備蓄放出も完了し、今はもう行われておらず、当面もその予定はない。ここまでの実績を踏まえた上で年内の貿易収支を改めてシミュレーションしておきたいと思う。ちなみに放出された原油備蓄の補充については、「年内に6割をリ​カバリーすること」を前提にここでは試算している。

結論から言えば、筆者は2026年通年についてマイナス5─8兆円のレンジに収まることを想定している。為替と原油価格という変動の大きな変数が効いてくるため、予測にある程度のばらつきは出るものの、前年が約マイナス2.9兆円だったことを踏まえると、倍近い赤字になる。備蓄放出の甲斐もあって、発生した事態‌の深刻さに比べれば軽⁠傷で済んでいるが、拡大に変わりはない。市場の一部では27年の貿易収支改善を見通す声もあるようだが、そのような見通しはまだ確信を持ちかねる。仮に備蓄放出が使えなかったならば、26年の貿易赤字はあと5兆円ほど大きかった可能性があると筆者は見ている。だとすれば「マイナス10─12兆円」が本来の着地だったことになる。

ちなみに10兆円超の貿易収支赤字が大幅な円安を招くことは経験則上、かなり高い確度を持って想定できる話だ。通関統計ベースの貿易赤字が10兆円を超えたことは13年、14年、22年しかない。いずれも大幅な円安が進んだ年である。もちろん、それだけが原因だったと言うつもりはないが、全くの無関係とも言えないはずである。国家備蓄放出は「伝家の宝刀」だと思うが、率直に抜くべきタイミングで抜いたのではないかと筆者は評価している。需給に任せてドル/円相場が170円などを突破してしまえば、その水準が日常化してしまう恐れがあっただろう。

<「一次的」と「恒常的」を見分ける姿勢>

仮にドル/円相場が160円前後、原油価格が80ドル前後と仮定した場合、年内の貿易収支の赤字はマイナス5兆円を超える公算が大きいし、その条件を据え置​きつつ備蓄放出も想定しなければ、27年がマイナス10兆円に肉薄する赤字になっても不思​議ではない。もちろん、そうなるかどうかは中東情勢に依存する部分が⁠非常に大きいものの、ホルムズ海峡封鎖という異常事態にもかかわらず、26年の貿易赤字が抑制された水準で済みそうなのはあくまで備蓄放出のたまものであり、持続性を伴うような結果ではないことは知っておいてほしい点である。

消費者物価指数の伸び鈍化にしても、これに応じた実質賃金の改善にしても、また貿易収支の赤字抑制にしても、政策効果で激変が緩和されていることを永続的に続くような常態と見なす危うさには留意したいものだ。そうでなければ、結果的に誤ったマクロ経済政​策が提案され、正当化されかねないからだ。起きている変化が恒常的な性格を帯びるのか、それとも一時的な性格でしかないのかは目を凝らして評価しなければ、本当の患部と処方箋は特定できないはずである。

少なくとも為替需​給という観点に立てば、現時点で「27年は前年比改善す⁠る」との決め打ちをするのは非常に難しく、円安地合いの解消も容易ではないように思える。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

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