中東地域を巡る情勢が目まぐるしく変化している。4月1日には早期停戦への期待からスタグフレーション懸念が和らぎ、世界の主要株価指数と10年物国債が総じて反発した。ただ、停戦やホルムズ海峡を巡る不透明感は払しょくされておらず、原油相場の高止まりが続いている。ドル/円は当面、こうした中東情勢、特に原油に左右されるだろう。そこで本稿では原油相場に関して、高止まりが続くケースと徐々に軟化するケースに分けて、それぞれのドル/円の見通しを整理する。
<原油相場、高止まりならドルじり高>
原油相場の上昇は、石油や石油関連製品の純輸出国である米国には貿易収支の改善をもたらす。そこに基軸通貨への買い安心感も連想され、いわゆる「有事のドル買い」が演出されてきた。原油が高止まりするなら、ドル/円も改めて160円の大台を回復する可能性が高い。その際、いつ円買い介入が行われても不思議ではないが、円安の流れを止めることは容易ではないだろう。
例えば、現在と同じくドル高の局面で実施された2022年9月や24年4月および5月の介入の際、当日こそドル/円は5円前後も下落したがほどなく反発して、さらに続伸している。過去の例に照らせば円買い介入があっても、一昨年の高値であるドル161.95円の更新は時間の問題ではないか。
<カギ握る161.95円>
ドル/円が仮にこの161.95円を上抜けした場合、チャート的な観点で言えばドル/円の上昇期待が高まりそうだ。中長期の相場展望に適する月足の一目均衡表では、現時点で1)足形(ローソク)が2種類の先行スパンで形成される「雲」の上にあり、2)当月の終値を26カ月前にずらした遅行線も足形の上に位置している。また、3)転換線が基準線を上抜けしており、いわゆる「買いの3役」が点灯している。その上でドル/円が161.95円を抜ければ、基準線も上向きに転じ、3)の買いシグナルがより強いものとなって市場参加者のドル/円上昇期待を刺激するだろう。
もちろん、こうしたチャート抜きに考えても原油相場の高止まりは日本の貿易赤字の拡大に直結する。ただでさえ昨年9月に合意した日米共同声明の中で数兆円規模の対米輸入の拡大が盛り込まれている。ここに折からのデジタル赤字(サービス収支の一部)、活発な対外直接投資も合わせると、引き続き旺盛な円売り需要がドル/円相場を支えるだろう。
<日銀の利上げが円安を止められない理由>
こうした状況は、円安によるインフレへの警戒を強める日銀に4月会合での利上げを促すだろう。ただ、以下2つの理由から、4月の利上げが円安を止めることができるかは不透明だ。
まず、オーバーナイト・インデックス・スワップ(OIS)市場では年初の段階で既に日銀による年内約1.8回の利上げが見込まれていた。4月1日時点では2.2回に変化しているが、後述する海外中銀に比べるとわずかだ。つまり利上げ時期の見方こそ定まってはいなかったが、年初の段階で既に2回程度の利上げは織り込み済みであったと考えられる。
次に、海外中銀の金融政策に対する見方が劇的に変化している。例えば、米連邦準備理事会(FRB)は年初の段階で年末までに約2.4回の利下げが見込まれていたが、足もとでは0.3回の利下げ織り込みに変化し、2回分の利下げ期待が消えた。
さらに、欧州中央銀行(ECB)を巡っては、年内0.5回の利下げとの織り込みが約2.7回の利上げ見通しへと変化している。日銀の利上げによる円高圧力はこうした海外中銀のスタンスの変化に飲み込まれよう。
<円安を止める処方箋>
結局、原油相場の高止まりが続く場合、円安に歯止めをかけるには複数の手段を組み合わせるしかないだろう。まず、1月と同様に米国によるレートチェックが効果的だ。日米協調円買い介入の可能性を市場に強く意識させる必要がある。もっとも、1月29日付けの当コラム「遠い円の反転シナリオ、『協調円買い介入』の現実味は」にて示した通り、実際に協調介入が行われる可能性は極めて低い。
次に、日本単独の円買い介入を実施する際、過去の実績をしのぐ規模で行う必要がある。22年以降の数次の円買い介入局面の中で、24年4月29日と5月1日の2日間で投じられた金額が合わせて約9.8兆円と過去最大であった。同等以上の金額で臨めば、円安阻止に向けた当局の強い意志として市場も無視はできないだろう。
もっとも、総額5500億ドルの対米投融資でもその一部に外国為替資金特別会計(外為特会)からの転用が見込まれている。大規模介入が続く場合、市場で円買い(ドル売り)介入原資の払底が次第にささやかれるだろう。その場合は日米間での通貨スワップ取極めが無期限、無制限であり、介入資金に転用が可能である点を示唆すればいいだろう。もちろん、本来の通貨スワップ取極めの利用目的とは大きく異なる上、いずれかの時点で返還するドル資金を調達する必要もあるが、外為特会、すなわち米国債の売却に頼らない介入は米国にとっても好都合だろう。24年5月、前財務官の神田真人氏は、「世の中で言われている『こういうところが(介入の)限界ではないか』ということは全く間違っている」と発言している。当局は何らかの秘策を練っている可能性がある。最後は日銀が短期実質金利のマイナス幅を埋める意志と方向性を明示することであろう。
<有事のドル買い剥落=円高ではない>
さて、ホルムズ海峡の安全な航行が回復し、原油相場が反落した場合、どのようなドル/円のシナリオが考えられるだろうか。この場合、米国では株式相場が持ち直し、個人消費も底堅さを保つだろう。労働市場がよほど腰折れしない限り、利下げは見送られ、金融政策に起因するドル安圧力は生じにくいと考えられる。ただ、「有事のドル買い」が剥落する為、ドルは全面安の様相を呈し、ドル/円も対イラン攻撃開始前の155円前後まで下落する可能性が高い。さらに、影を潜めていたが米政府の財政悪化懸念が浮上すれば、ドルの重荷になる。相互関税に対する最高裁の違憲判決を踏まえ、昨年7月に成立した減税法案による財政赤字の拡大が再び市場の関心を集める可能性があるためだ。こうしたドル安の流れに円買い介入を合わせると効果は増幅される。
例えば、ドル安に転じたタイミングで行われた22年10月や24年7月の介入の場合、その前後でドル/円は直近の高値から最大で20円を超える下げ幅を記録している。当時に比べると投機筋の円売りの持ち高が小さく、そこまでの下落は見込みにくいが、それでも150円割れは想定する必要がある。しかし、ドル安に転じたからといってそのまま自動的に円高基調へと転じるわけではない。マイナス圏にとどまる短期実質金利、国際収支面での円売り需要を支えに、ドル/円は次第に下げ渋るだろう。さらにリスク選好地合いとなれば低金利の円は売られやすく、150円の大台は保たれそうだ。また、ドル安と円安が並走する結果、クロス円が上昇しやすくなる。ユーロ/円の史上最高値更新も現実味を帯びる。結局、原油の動向に左右されるとは言え、円相場のカギは日銀がマイナス圏の短期実質金利を解消できるかどうかにかかってくるのではないか。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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