高市政権がスタートして、為替レートが円高に向かっていく要因が見当たらない。当面の懸念は、補正予算が膨張しそうなことと、12月の日銀会合を巡って利上げを延期させる政治的圧力がかかってくることである。高市政権は各種政府会議に次々とリフレ人脈からメンバーを登用している。これでは日銀の追加利上げが無風でいられる訳がない。拡張的財政と金融緩和の維持によって、じりじりと円安が進みかねない。
米連邦準備理事会(FRB) のパウエル議長は10月の連邦公開市場委員会(FOMC)後の会見で、次回12月の会合では利下げが既定路線でないと発言し、それを機にドル/円レートは円安へと進み始めた。この円安はいずれ輸入物価を押し上げて、消費者物価の上昇圧力へとつながるだろう。
国会では物価高対策が活発に議論されているのに、もう片方で輸入インフレに拍車がかかろうとしているのは矛盾としか言いようがない。そのツケは国民生活への負担増へと跳ね返るだろう。高市政権がインフレに寛容な姿勢を採っていることについて、まだ多くの国民は気付いてないようだ。
<17分野の重点投資>
高市政権の物価高対策には強い違和感を覚える。なぜならば、あえて物価と賃金の好循環を唱えないからだ。好循環は、岸田・石破両政権の看板政策である。その前の菅政権も経済の好循環に言及していた。賃金が上がることは、家計にとって最大の恩恵を及ぼす。ところが、トランプ関税によって2026年の春闘は賃上げペースが落ちることが警戒される。自動車大手各社の半期決算は、トランプ関税で打撃を被っていた。この事実を素通りして経済対策を打つと、物価と賃金の好循環が怪しくなる。
高市政権が日本成長戦略会議で掲げる17分野への重点投資は、それがどのように企業の賃上げに波及するかが練られていない。単なる需要拡大では、賃上げを後押しできるかが疑わしい。この17分野への投資は、危機管理投資や供給力強化と説明されているが、その本質は当面供給力に結びつかず、需要増の方に寄与する支出になるだろう。
例えば、防衛費の増加は民間供給力とは無関係である。核融合、海洋、宇宙、量子も目先の供給力からは遠い。そもそも防災・国土強靱(きょうじん)化も、万一の備えとして社会資本を補強しているのだから、供給力から離れている。
経済学の原理では、投資をすればまず需要が増えて、後から供給が追い付いてくる。投資をすれば需要誘発が起こり、そこに供給力増強を目的とした投資が続くため、自己実現的に需要が加速するとされる。これを加速度原理と呼ぶ。今の日本で加速度原理が働くと、国内供給<国内需要となって輸入増になる。トランプ関税で輸出が増えにくいことも手伝って、貿易赤字が増えて円安が進む。インフレ要因でもある。筆者は、民間供給力に結びつきにくい17分野への投資拡大はやはり円安要因だとみている。
<年内に円安は進むか>
10月の日銀会合の主な意見では、次の利上げが至近距離にあることが分かった。現在の政策金利が中立金利を下回っていて、いずれ利上げに動く必要性がつづられていた。状況について、あと少しの見極めを要するとの意見もあった。
仮に12月18-19日のタイミングで日銀が利上げをしようとすれば、高市政権との間で事前にコミュニケーションを取ることになるだろう。もしも、利上げはNOという政府側から日銀への意見がもれてくれば、為替円安が進むだろう。今まで、ドル/円レートが1ドル158-160円くらいになると、財務省から口先介入が行われてきた経緯もある。今度、150円台後半にまで円安が向かったとき、政府と日銀が政策目的を一致させてこれを阻止するかどうかが問われる。高市政権は、しばしば日銀に政策目的の一致を求めるようなコメントを出してプレッシャーをかけているが、本当に今求められているのは政府の方が日銀に歩み寄って円安阻止へと動くことだろう。12月会合の手前では、政府が円安を容認するのか、日銀の円安阻止に歩調を合わせるのかが問われることになるだろう。
<インフレなのにリフレ政策>
筆者は高市政権の外交政策は評価している。特に、日韓関係の改善基調を維持したことは本当に良かった。石破前首相の路線を引き継いだ点は現実的だったと思う。同じように、経済政策でも賃上げの効果を中小企業に広げる課題に取り組むことを願っている。
しかし、近々、発表される補正予算は大型化し、1月に明らかにされる基礎的財政収支の見通しでも黒字化の目途が事実上後ずれしそうである。卒直に言って、補正予算の大型化は不必要である。3%前後の消費者物価上昇率を抑えるためには、日銀の利上げを認めて円高を促すことが賢明であろう。
逆に、補正予算・来年度本予算を大型化し、利上げを先送りすると円安は進行して物価も上がり続けるだろう。積極財政を通じたリフレ政策は、決して国民のためにならない。インフレ下で、積極財政・金融緩和を選択するのは経済学的に全くの逆効果になろう。筆者は決して色眼鏡でみている訳ではなく、政策を是々非々で評価している。高市政権には、経済政策でも原理主義に走らず、リアリストであってほしい。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。
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