コラム:日銀は「4月利上げ」に動くのか、景気悪化リスク強まり難しい判断に=門間一夫氏 06-Apr 12:13

日銀の金融政策はかじ取りが難しくなった。中東情勢の緊迫化による供給ショックは、経済を下振れさせる一方で、物価を上振れさせる。日銀は3月19日の政策公表文で「経済・物価の改善に応じて政策金利を引き上げていく」としているが、実際には「経済は悪化するが物価は上がる」という中で、利上げするかどうかの判断を迫られる。

<植田総裁は「4月利上げ」にオープン>

同じ19日の記者会見で植田和男日銀総裁も、原油高は交易条件の悪化を通じて景気の下振れリスクになる一方、基調的な物価上昇率の上振れリスクになると説明した。そのうえで「4月利上げ」にオープンとみられる発言が記者会見の随所にあった。

第一​に、植田氏は「成長率が低下しても、基調的な物価の下振れにつながらないなら、利上げは可能」と説明した。4月の展望レポートで経済成長率の見通しが下方修正となっても、それ自体は利上げの障害にならないということだ。細かいが重要な点として、植田氏は、前述した「経‌済・物価の改善に応じて」という表現自体を見直す可能性も示唆した。「経済が改善していなくても必要なら利上げする」という意思の表明である。

第二に、経済の下振れリスクと物価の上振れリスクのバランスについて、会合では「上振れリスクを重視する委員の方が微妙に多かった」との発言があった。政策公表文にそのニュアンスすら書かれていないことを、総裁が記者会見でここまで踏み込んで言うのは珍しい。

第三に、日銀が重視している賃金の動向について、植田氏は「春闘はしっかりとした姿になりつつある」と述べた。事実、その翌週から公表され始めた賃上げの集計値は3年連続の5%超えとなり、日銀の利上げを後押しするものになった。

第四に、円安が基調的な物価上昇率に与える影響について、植田氏は「以前よりも強くなっている」と幾度か強調した。160円前後で推移する最近のドル/円相場に、日銀は警戒を強め​ているとみられる。

第五に、植田氏は記者会見の中で、基調的な物価上昇率に関連する新指標や、需給ギャップの新たな推計値などを近々公表すると予告した。実際、その翌週には一連の新指標が公表され、いずれも利上げを説明しやすくする内容であった。

<「主な意見」どおりなら4月利上げは確実>

その後、上記3月19日の会合の様子が、議事要​旨の簡略版すなわち「主な意見」である程度明らかにされた。そこに掲載されている個別委員の発言は、植田総裁の記者会見よりさらにタカ派色の強いものであった。

第一に、経済下振れと物価上振れのバランスについて、「微妙に多かった」という植田総⁠裁の言葉以上に、日銀は物価上振れ警戒に傾いている印象だ。「中東情勢が景気に悪影響を与える可能性に留意すべき」という意見はあった。しかし、金融政策にとって重要なのは、景気の悪化が賞与や来年の春闘への影響を通じて、基調的な物価上昇率の下振れを引き起こすリスクであり、そのリスクを巡る議論までは「主な意見」には​ない。他方で、基調的な物価上昇率の上振れリスクについては、1)原油高が広範囲の価格に及ぼす影響、2)海外の利上げを通じる円安圧力、3)既に2%に近い予想物価上昇率の強さ、4)企業の積極的な価格設定行動など、様々な角度から議論されている。

第二に、利上げが遅れるリスクについて、従来よりも警戒の度合いが上がっている。具体的には、「基調的な物価上昇​率が高まりやすい状況なので、意図せざるビハインド・ザ・カーブのリスクがある」「ビハインド・ザ・カーブに陥ると、その後の急激な利上げで経済に大きなショックを与えることになる」「経済環境や中小企業の賃上げが大きく崩れなければ、ちゅうちょなく利上げに進む必要がある」「従来想定よりも利上げを加速させる必要があるかもしれない」など、早期利上げの必要性を強調する意見が目立っている。「利上げの幅」という言葉も初めて登場した。1度に0.5%の幅で利上げすることも、議論の対象になり始めているということだ。一方、早期に利上げした場合に生じうる問題点については、ほとんど議論がない。

<それでも4月利上げが難しい理由>

以上の「主な意見」を素直に読めば、4月利上げはほぼ確実である。しかし、実際にはそう簡単にいかないのではないか。

第一に、景気悪化のリスクが3月会合の時点よりも強まっ​ている。事実上のホルムズ海峡封鎖が長引き、原油等の価格上昇だけでなく、物資の量的な不足が経済の先行きに影を落とす。例えば石油派生品ナフサの需給ひっ迫が表面化しており、それを原料とするエチレンは減産を余儀なくされている。エチレンが減産されれば、その先のプラスチックなど広範囲の生産にも影響が出る。より大きな​問題として、原油の備蓄も有限なのだから、輸入が滞る事態が長引けば、政府もいずれは需要抑制策に動かざるをえなくなる。

これはアジア新興国を中心に、世界では既に起きている問題だ。ホルムズ海峡を経由していた原油・天然ガスは世界供給量の2割にも及ぶ。その全部ではないとしても、おそらく1割以上のエネルギーが世界から消えている。この状態が長引けば、世界経済へ‌の影響が軽微で済むは⁠ずはない。エネルギーだけでなく、ヘリウム、アルミ、肥料などのグローバル供給にも障害が出ている。航空機の運賃高騰や減便により、インバウンド観光にも影響が出てくる可能性がある。

第二に、グローバル金融資本市場の不安定さも長引くリスクがある。中東情勢緊迫化の前から、市場では人工知能(AI)ブームやプライベートクレジットなどを巡るリスクが意識されていた。世界景気の悪化はそれらのリスクを強める要因となる。銀行の貸し渋りなど、金融システム全般の機能不全に至る可能性は低い。それでも、資産価格が大きく調整すれば、米国経済を支えてきた富裕層の消費などにそれなりの影響が出るだろう。

そのリスクが顕在化すれば、為替も影響を受ける。ロシアのウクライナ侵攻に伴う2022年の原油高の際、その後の8カ月で約3割もの大幅円安となった。原油高は日本の貿易赤字を拡大させるため、今回も円安圧力がかかりやすい状態が続くだろう。しかし、22年の円安のより大きな背景は、米欧の急速な利上げであった。その米欧の状況が今は4年前とは大きく異なる。とりわけ米国では雇用への懸念がくすぶり続けており、次の一手が利下げである可能性はなお相​応に残っている。雇用不安の程度いかんでは複数回の利下げ見通しが復活し、そ​の場合、ドル安・円高への反転もあり得る。

中東情勢が日本経済の下振れをも⁠たらす経路として、日銀がこれまで明示的に語ってきたのは「交易条件の悪化」だけである。しかし、エネルギーや物資の量的制約、それによる世界経済の悪化、インバウンドへの悪影響、グローバル金融資本市場の動揺など、日本経済の下振れにつながるチャネルは多面的である。ホルムズ海峡の安全航行がいつどの程度可能になるのか、湾岸諸国の生産能力がいつどの程度回復するのか、現時点では肝心なことがわからない。ありうるシナリオに幅がありすぎ、予想もつかない影響が出てくるリスクがある。

物価の​上振れが気になるとは言え、今述べた性格のリスクがある時、利上げは日銀にとって大きな賭けとなる。裏目に出た場合、高市政権との信頼関係にもひびが入る。基調的な物価上昇率は、2%に近づいているがまだ達してはいないのだから、あえて利​上げを急ぐ必要はないという結論になるのではな⁠いか。それでも、利上げしなかった場合の円安リスクは、日銀にとって頭痛の種だ。4月末は難しい判断になる。

*門間一夫氏は、みずほ総合研究所(みずほ銀行内の組織)のエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年5月に日銀を退職し、同6月から現職。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*門間一夫氏は、みずほ総合研究所(みずほ銀行内の組織)のエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月ま⁠で金融政策担当、以降、​国際担当)を歴任。16年5月に日銀を退職し、同6月から現職。

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