2026年の視点:26年最大の円安リスクはどこか、欧米金利上昇の怖さ=唐鎌大輔氏 28-Dec 06:56

12月19日の日銀金融政策決定会合を経て、「利上げしたのになぜ円安になったのか」という照会を筆者は頻繁に受けている。この点、日銀における公表文や植田和男総裁の会見など、情報発信のまずさに終始する議論が目立つが、そもそも限られた手札で戦わされている日銀に過剰な期待を寄せ過ぎるのも正しくないはずである。

中立金利(厳密には今次利上げ局面のターミナルレート)がどこにあるかは分からないが、仮に「1.75%」と市場コンセンサスよりも比較的高めに見積もっても、利上げはあと4回(プラス100ベーシスポイント、bp)しかできない。とすれば日銀は1回の利上げで極力、円安修正を図りたいところである。しかし、いくら日銀が孤軍奮闘しても、政治に目をやれば首相周辺の経済アドバイザーが色々なメディアに代わる代わる登場し、拡張的な財政・金融政策の有効性を説き、記事によっては海外市場に英語でも配信されてしまっている。事情に疎い海外市場参加者からすれば、当然、これを材料に取引する向きもある。

この状況は1回の利上げで最大効果を上げようとする日銀にとってノイズでしかないはずだ。言い換えれば、「プラス25bpの利上げ」程度では高市政権の展開するインフレ期待にかき消されてしまうというのが現状と見受けられる。結局、「インフレ期待のスピードに利上げのそれが付いていけていない」という現実が利上げ後の円安の背景である。

おのおのの論陣に言い分はあろうが、まずは債券・為替市場の落ち着きを取り戻すためには、奔放なリフレ政策の情報発信を抑制し、高市政権の良い意味での変節を市場にアピールする必要がある。理屈はどうあれ、金融市場に疑心があるのは間違いなく、疑心を持った金融市場(特に為替市場)に正論は通用しない。

<本当に怖いのは海外金利上昇>

もっとも、こうした利上げと円安の関係性についての議論は国内事情だけにしか着目していない。「利上げすれば円安になる」という期待の裏側には「海外金利は現状維持もしくは低下する」という状況が前提にあるように思う。しかし、この点は雲行きが怪しくなっていると言わざるを得ない。仮に海外金利が再浮上する展開になれば、日銀の利上げに応じて一時的に円安が修正されたとしても、すぐに元の木阿弥になる。26年の国際金融市場を見通すにあたって、この視点はかなり重大だ。

海外中央銀行の近況を簡単に見ておこう。例えば、オーストラリア準備銀行(RBA、中央銀行)は26年2月の利上げを示唆しており、ニュージーランド準備銀行(RBNZ、中央銀行)にも類似の思惑が付きまとっている。7月以降、利下げ停止局面に入っている欧州中央銀行(ECB)では、12月8日にシュナーベル理事が「市場と調査の参加者は近いうちでないにしろ、次の金利の動きが利上げになると予想している。そうした見通しにむしろ違和感はない」と語り、注目を集めた。実は同理事は9月にも「世界の中央銀行が再び利上げに踏み切る時期は、多くの人が現在想定しているよりも早まる可能性がある」と述べ、「次の一手」が利上げである可能性を示唆していた。

こうしたECBのタカ派傾斜はドイツ出身理事の独り善がりのコメントではなく、12月3日にはのチーフエコノミストであるレーン理事が、ユーロ圏のインフレ率が最近上振れており、26年初めのインフレ率低下というECB予想に疑義が生じていると述べたことをロイターが報じている。12月18日のECB政策理事会後のラガルド総裁の会見でも利上げ議論の有無をただす記者が既に現れている。

<ECBも中立金利に問題意識>

12月のラガルド氏の会見をもう少し掘り下げてみよう。エネルギー価格下落のベース効果剥落もあって「26年初頭にはユーロ圏消費者物価指数(EU基準=HICP)が下押しされる」と見ていたECBのスタッフ予測だが、実は思ったほどインフレ下押し圧力が確認できておらず、その背景には堅調な賃金情勢があるとの問題意識に言及があった。

その上で、26年2月の政策理事会では「人工知能(AI)の勃興による設備投資意欲の高まりが成長率を押し上げている可能性」について踏み込んだ分析が行われるという発言も目を引いた。こうした政策理事会の問題意識はユーロ圏経済の潜在成長率およびこれと整合的な自然利子率(または中立金利)が押し上げられている可能性を示唆するものだろう。利上げは拙速としても、「利下げはもう不要」という点については意見集約が完了していると見て差し支えなさそうだ。

25年に金融市場で好意的に評価された欧州再軍備計画も26年から徐々に始動する。域内金利とユーロが相互連関的に押し上げられる可能性は小さくない。

<FRBは利下げで意見集約できそうなのか>

では肝心の米連邦準備理事会(FRB)はどうか。12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)を振り返れば、投票権のある地区連銀総裁2人のほか4人の潜在的な反対票が存在したことが分かっている。真っ当に考えれば、雇用・賃金市場に対する潜在的なインフレ圧力が地区連銀総裁を中心に警戒されている現状が26年に入って早々に後退する道理はないだろう。トランプ大統領が希望するような大幅利下げについてFOMC内の意見集約を図るのはかなり難渋する可能性がある。現時点では26年におけるFRBの利下げ回数は多くて2回が関の山ではないだろうか。もちろん、トランプ氏の息がかかった新議長と新理事が加入した後、FOMCが急激にハト派旋回する展開もないわけではない。しかし、その場合でも政治的な緩和意欲を反映した金融政策が逆にインフレ期待をたきつける恐れは拭えない。市場の思惑にあらがって政治的な希望を貫いてもろくな話にはならない。

<欧米中銀はかじを切った後が早い>

以上のような状況を踏まえると、26年のFRBやECBなど海外中央銀行にまつわる注目点は近年当然視されてきたような「何回利下げできるか」ではなく、「利下げが停止されるか」もしくは「利上げ示唆に転じるかどうか」になるかにシフトしてくる可能性がある。例えば26年9月まで見通した場合、利下げ回数に関する市場の織り込みは、ECBでゼロ回、FRBでも2回程度の織り込みである。この程度なら容易に覆るだろう。

いずれにせよ本当に欧米中銀の金利が浮揚し始めた場合、円安抑制を志向する日本にとっては悲劇的な展開と言わざるを得ない。プラス25bpの利上げを数カ月間かけて熟慮する日銀に対し、FRBやECBは一度かじを切ればまとまった期間、その方向で政策金利を調整し続ける傾向が強い。26年中にFRBやECBが実際に利上げ転換することは難しいだろうが(それはリスクシナリオである)、市場は最も極端な展開しか織り込まないため、中銀から利上げ転換の可能性が提示された時点で「1回目の利上げ」を予想するゲームは始まってしまうだろう。26年後半、そのような展開自体は相応にありそうに思える。それは次の円安相場が150円台から再起動してしまう可能性もあるということでもある。

もちろん、円金利が順次引き上げられていくのであればその限りではない。しかし、欧米の利上げ局面と同じペースで利上げできるほどの胆力は政府と日銀には無いだろうし、そこまでむきになって円安修正に尽くすのはいよいよ金融政策ではない(通貨政策である)。「国際金融のトリレンマ」に倣えば、「自由な資本移動」・「安定した為替相場」を実現し、「金融政策の独立性」が半ば放棄されたような構図である。

26年の日本経済は金利上昇、円安のどちらかを引き受けるのか、明確な意思表示がこれまで以上に求められそうだが、高市政権はどちらを選択するのだろうか。

編集:宗えりか

*このコラムは12月24日にLSEGグループのニュース・データ・プラットフォームWorkspaceに掲載されました。当時の情報に基づいています。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。08年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「弱い円の正体 仮面の黒字国・日本」(日経BP社、24年7月)、「『強い円』はどこへ行ったのか」(日経BP社、22年9月)など。新聞・TVなどメディア出演多数。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。

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