2026年の視点:米株高と倒産増加、「2つの矛盾」はどこで収束するのか=大槻奈那氏 29-Dec 13:11

2025年末の金融市場では、一見すると矛盾する二つの現象が同時に進行した。

第3・四半期の米国企業の倒産件数(再生法ベース)は前年比で20%以上増加し、リーマンショック収束後の最多水準となった。年末にかけては比較的大型の破綻も散見されるようになり、米大手自動車部品メーカーのファースト・ブランズやサブプライム自動車ローン会社のトライカラー・ホールディングスの破綻は地銀株を大きく揺さぶった。これらの事例は、伝統的な融資に加えて、サプライチェーン・ファイナンス等の外部からは見えにくい資金調達の膨張が、一部企業の財務に大きな脆弱性をもたらしていることを示した。

一方、株式市場は史上最高値圏にある。12月以降はボラティリティーがやや高まっているものの、S&P総合500種株価指数は前年比で2桁の上昇率を維持している。上昇の裾野も広い。半導体や電子部品といった世界中の期待をけん引してきたセクターだけでなく、ヘルスケア、レジャー、金融など幅広い業種の株価がそれぞれの要因で堅調に推移してきた。

企業倒産の増加という脆弱性と、大規模企業を中心とする株価の高止まりという市場の楽観が併存する構図は、26年の市場予想を極めて難しくしている。

こうした両者を結びつける共通項が、民間部門の資金調達環境である。その容易さが大企業の設備投資拡大という恩恵もたらし、債務膨張が行き過ぎた部門には破綻という罰を与えてきた。米国の企業部門の債務残高は、過去10年で1.6倍に拡大した。低金利環境と潤沢な流動性の下で、債務を活用した成長戦略は合理的とみなされ、結果として設備投資や合併・買収(M&A)、株主還元を通じて資産価格と企業収益を押し上げてきた。

収益が増加している限り債務の膨張は問題化しにくい。実際、この10年間でみると、インフレもあいまって、企業の収益はおおむね債務残高の増加と並行して増加してきた。貸し手である金融機関や投資家も、信用リスクが顕在化しない限り資金供給を止めるインセンティブを持たない。こうした構図は、リスクが表面化しない限り問題視されず、過去10年以上にわたってむしろ成長を支える基盤として不問に付されてきた。

しかし、その前提が揺らぎ始めている兆候は無視できない。米国の企業倒産件数の増加は、過度なレバレッジを抱えた企業から順に市場から退出し始めていることを示している。消費者信用の分野でも、クレジットカードや自動車ローンなど一部で延滞率がリーマンショック前の水準に近づいている。

特にノンプライムと呼ばれる信用力が低い家計の自動車ローンは、リーマンショック時を超える延滞率となっている。こうした家計の債務問題は、徐々に個人消費を抑制し、企業収益にも影響を与えるようになる。これらのデータは債務主導の成長モデルが限界に近づいている可能性を示唆している。

もっとも、26年の米株式市場のメインシナリオはあくまで「堅調推移」である。利下げの進展により利払い負担は軽減され、企業は一定のレバレッジを維持しながら成長を続けるとの見方が大勢を占めている。10月に大規模企業破綻の影響で混乱した短期金融市場も、銀行の破綻を伴うことなく沈静化し、金融システムは表面的には安定を保っている。

ただし、この安定は、現在見える範囲での現象である。とりわけ26年に注目したいのは、銀行とは異なるリスク特性を持つノンバンク金融仲介機関(NBFI)だ。NBFIは、近年信用供給の重要な担い手として銀行セクターを大きく上回る拡大を続けてきた一方、銀行ほど厳格な規制や流動性支援の枠組みには組み込まれてこなかった。ところが足元では、NBFIに対する規制や開示の強化が検討・導入されつつある。26-27年には、NBFIに対して初めてのストレステストが実施される予定である。12月に発表された金融安定理事会の報告書では短期調達への依存度の高さが指摘されており、将来的には規制が強化される可能性がある。

規制水準は依然として銀行より緩やかではあるものの、資金の流れがこれまでよりもスローダウンする可能性は否定できない。短期の資金供給網や中央銀行による直接的な支援に乏しいNBFIにとって、流動性の目詰まりはこれまで経験したことのない試練となる恐れがある。大規模な企業破綻が短期間に複数発生した場合、NBFIからの資金引き揚げが加速するシナリオも想定される。

こうした債務拡大の逆回転のシナリオは、現時点ではまだ「ブラックスワン」的現象ではあるが、意外性が大きいほど、金融ショックのマグニチュードは大きくなりやすい。

近年は、金融機関支援、特に短期資金市場支援の枠組みは充実しているが、市場の混乱時に政策対応を行うことが金融システムや政府部門の不安に繋がり影響の波及を招くという構図も我々はこれまで目の当たりにしてきた。債務拡大に支えられた安定が長く続くほど、次に訪れる調整の規模は膨大なものになる。次の債務イベントは、市場と政策当局の胆力を試す局面となるだろう。

編集:宗えりか

*このコラムは12月23日にLSEGグループのニュース・データ・プラットフォームWorkspaceに掲載されました。当時の情報に基づいています。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*大槻奈那氏は、ピクテ・ジャパンのシニア・フェロー。東京大学卒業、ロンドン・ビジネス・スクールでMBA、一橋大学ICSで博士(経営学)。スタンダード&プアーズ、UBS、メリルリンチ、マネックス証券などでアナリスト業務に従事。2022年9月より現職。名古屋商科大学大学院教授を兼務。

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