コラム:日銀が抱える内憂外患、金融政策に問われる新たな独立性=井上哲也氏 24-Aug 15:09

日本銀行が次回9月の金融政策決定会合で追加利上げに踏み切るとの見方が一部で強まっている。しかし、金融市場が意識している理由は必ずしもインフレ圧力の高まりではない。実際、ドル/円相場は日米当局による介入懸念もあって160円直前で踏みとどまっているほか、原油価格も中東情勢の一層の不透明化にかかわらず、上昇圧力は明確でない。

輸入物価の上昇圧力が明確でない上に、第2・四半期の実質国内総生産(GDP)成長率も数字上は潜在成長率を上回ったが、輸入の減速が寄与したほか、消費と設備投資はともに弱く、国内発のインフレ圧力を懸念する状況には​ない。

金融市場がこれらを認識した上でも9月利上げを織り込む動きを見せている理由は、いうまでもなく米国政府の「要請」に関する多くの報道にある。つまり米政府は米国内での長期金利の抑制に躍起になっており、日本からの波及を抑えるべく、その原因としての円安‌圧力と日銀の金融政策のビハインド・ザ・カーブ(後手に回る)の懸念を抑制しようとしているという見方だ。このため、日本政府に対して為替市場での協調介入で協力するとともに、日銀による利上げを容認するよう求めているというものだ。

<米政府のスタンス>

確かに日本の長期金利は足元で上昇傾向を見せているが、米政府が今年1月に為替市場のレートチェックを通じた協調姿勢を示した際に比べると、長期から超長期ゾーンにかけての金利上昇圧力はそこまで急激とは言えない。従って今回の米政府には、日本を出発点とする長期金利の上昇を懸念するというより、米国内の長期金利上昇を招く要因であれば何でも対応する切迫感が感じられる。30年債の利回りの上昇が住宅購入者による不満を招くという政治的な問題だけでなく、10年債の利回りが株価収益率(PER)の逆数​である益回り(約5%)に達すれば、株価の全般的な調整を招きかねない点は問題だ。

その上で、今回の対応にはいくつか注目すべき点もある。第一に、ベセント財務長官による市場介入へのスタンスだ。米財務省は、為替市場での協調介入だけでなく、米国市場での国債買い入れの増額方針も公​表した。ベセント氏は金融市場の出身者であり、一般的にはマーケット・メカニズムを重視するはずだが、その中で、次々に市場介入を実施していることは興味深い。

もちろん、他に有効な手段がないとか、金融市場の出身者だからこそ投資家⁠による期待やポジションの偏りを認識できる可能性はある。また、ベセント氏が市場の最前線で活躍した1990年代から2000年代初頭に、主要国の政府当局が市場介入を現在より多用していたことの経験や印象も影響しているのかもしれない。

第二に、米国による日本の国債市場に対する見方の変化だ。低インフレの時代には、日​本は極めて強力な金融緩和の継続とその下での金利水準や市場機能など、世界の中で特異かつ例外的な存在とされ、日本の国債市場が米国のストレスになる可能性を考慮する必要はほとんどなかった。

しかし今や、日本の長期金利も経済や物価に照らして「普通」の水準となった以上、海外勢として米国債を最も多く保有する日​本の投資家が、日本の株価の回復もあって、日米でどのような分散投資を行うかに神経質になっている可能性がある。ベセント財務長官も市場の最前線で活躍した90年代から00年代初頭に比べて日本の実体経済の影響力は低下したが、金融面での影響力はよみがえりつつあるという印象を持っているのではないか。

<日銀の政策運営に対する影響>

米政府による援護射撃によって日銀による利上げが相対的に容易になったとの見方が国内の市場参加者にみられることは、高市政権の意向が日銀による利上げにとって支障であるとの理解の裏返しでもある。実際、前回7月の金融政策決定会合後に、植田和男総裁の記者会見や同会合の「主な意見」が次回利上げの近さを示唆する中で、政権側からはこれに対する明確な反論がみられないことも、こうした見方​を裏付ける形になっている。

その理解が正しいとすれば、金融政策の独立性が国内の政治要因によって損なわれるとの懸念が、米政府の対応によって収束に向かうことを意味する。

新興国でしばしばみられるような事態が日本でも生ずるとすれば何ともやりきれない感もあるが、米政府の意向によって日本の金融政策のみならず経​済政策が影響を受ける事態は、今回の巨額の対米直接投資を含めて珍しいことではないし、経済安全保障のような高い視点から考えれば納得すべきことでもある。

筆者も、日本の経済や物価の堅調な見通しを踏まえると、日銀は今回の景気循環の下で政策金利を少なくとも中立水準付近まで引き上げるべきと考えており、米政府の援護射撃があるので‌あれば、使えるものは⁠使うという姿勢は合理的であると考える。ただし、これらを踏まえた上でもなお気になるのは、日銀の金融政策の米国との関係でみた独立性について、長い目で見てどのような影響が及ぶかという問題だ。

ベセント氏が親日家とされ、日本の政策当局や金融市場の関係者に幅広い人脈をもつといっても、為替市場での協調介入や日銀による利上げの面で協調を示すのは、あくまでも米国の金融市場や経済にメリットがあるからではないか。

例えば、日本のインフレがオーバーシュートするリスクが高まり、日銀がその防止のために加速的な利上げに転じる場合、日本国債の利回りはターミナルレートに関する予想の上方修正を通じて上昇するはずである。しかも、日銀のこうした政策対応は、物価目標の持続的な達成のために合理的で必要な対応だ。しかしその際、米政府が米国の長期金利への波及を懸念して望ましくないと判断し、日銀に対して利上げを考え直すよう求める事態は全くありえないとして排除できるだろうか。

<新たな独立性の確保>

このように、金融政策の独立性が国内では強化される​が、米国との関係では低下する事態が生じるのであれば、それは短期的なメ​リットと長期的なリスクとのトレードオフに直面することを意味す⁠る。もっとも、経済安全保障などの大きな要因だけでなく、先に見たように日本の金融市場と金融政策がともに「普通」の状態になり、少なくとも金融面での対外影響力が復活しつつある以上、避けがたい事態ともいえる。

この点を受け入れた上で、日銀にとって重要なことは、国内と米国の双方の金融市場を味方につけることだ。そうした状況を確保できれば、国内からであれ米国からであれ、金融政策の独立性を損なう動きに対して、長期金利や円相場、株価などがネガティブに反応​するはずである。それを、市場介入等で抑えようとしても持続的な効果が期待できないことも経験が示すとおりだ。

もちろん、金融政策が内外の金融市場を味方につけるには、個々の政策判断や政策の運営方針が、経済や物価のフ​ァンダメンタルズを純粋に反映したものであ⁠ることを常に維持し、かつその点を金融市場に丁寧に説明するというベーシックだが難しい対応が求められる。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

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