金融市場における市場流動性とは、一言でいえば金融取引の容易さを意味する。市場参加者からみれば、市場流動性が良好であることは、金融資産の売り買いのいずれの取引をいつでもいかなる規模でも容易に行うことができることを意味する。
そうした状況が維持されるには、金融市場に常に多くの主体が参加し、売買の需要が価格の変動を通じて円滑に均衡するといったマクロ的な条件のほか、大口の売買に伴う価格への直接的なインパクトが比較的小さく、かつ短時間で収束するといったミクロ的な条件が満たされる必要がある。これらを示唆する指標は、アクティブな市場参加者の数、売買注文の件数の多さ(いわゆる「板」の厚み)、売買注文の価格差(ビット・アスク・スプレッド)、希望した規模での売買の実績などであり、例えば、日銀が四半期ごとに実施する「債券市場サーベイ」にはこれらの指標に関する市場参加者の評価が示されている。
<市場流動性の意義>
金融市場における市場流動性は、市場参加者だけでなく政策当局にとっても重要な課題だ。なぜなら、良好な市場流動性の下では、価格が上にみたような様々な要因によるゆがみの影響を受けることなく円滑に成立するからだ。その下で市場参加者は、短期的な需給要因などではなく、長い目で見たファンダメンタルズに照らして価格の適切さを判断し、売買を行うことになる。結果として、金融市場は価格メカニズムを通じた効率的な資源配分という本来の機能を最大限発揮することになる。
市場流動性の良好さは、政策当局の中でもとりわけ中央銀行にとっての重要性が高い。金融政策の効果は市場価格(金利)の変化を通じて波及するからである。市場流動性が低下している状況では、そもそも意図した方向や強さでの政策効果の波及が生じないとか、逆に政策効果を意図した以上に増幅する恐れがある。この結果、中央銀行の政策変更が、金融市場ひいては実体経済のボラティリティを不必要に高めることにも繋がり得る。
<日本の経験>
日本では、これまでに様々な局面で市場流動性の低下が問題となった。
外国為替市場では2000年代初頭の政府による「大規模介入」の時期が代表例だ。当時の介入規模は1回あたりの規模では最近の事例に比べてはるかに小さかった。それでも、ドル/円レートに関して特定の防衛水準を意識したとみられる介入が頻繁かつ継続的に行われた。また、自国通貨売りであったため介入規模は無制限との憶測も招き、結果的にも、当時の対内証券投資の規模におおむね匹敵する規模にまで達した。
こうした下で、外国為替市場での取引規模は顕著に低下し、ドル/円レートも政策当局による防衛線とみられた水準の近傍で膠着(こうちゃく)することが多くなった。この間には、日本経済が金融システム問題からようやく脱却する兆しを示し、米国ではITバブル崩壊後の景気回復期にあったが、そうしたファンダメンタルズはドル/円レートには十分反映されなかった。
国債市場では13年からの日銀による「量的・質的金融緩和」の時期が記憶に新しい。日銀は、最初の時期には政府による国債の新規発行額を大きく上回る額の国債を市場から買い入れた。さらに16年以降は、マイナス金利政策に加えて、長期金利の利回りを特定の水準に誘導するイールドカーブ・コントロールを実施した。
国債の利回りは、当初は乱高下したが、その後は総じて安定的となり、特にイールドカーブ・コントロールの下では極めて狭い範囲で推移した。市場の取引の中心は、市場参加者が政府から引き受けた国債を日銀の買いオペを通じて売却するものへと変化し、先にみた「債券市場サーベイ」の結果は市場流動性の顕著な悪化を示した。さらに、日銀による特定の年限の保有比率が高まったことで、イールドカーブの中長期ゾーンに歪みが生じるとか、長期国債の先物取引との裁定が機能しなくなるといった問題が生じた。
<市場流動性の回復>
外国為替市場では、近年の円安圧力の下で度々為替介入が行われてきたが、取引規模はおおむね順調に拡大し、金融政策の変更などの局面では取引が活発になっている。確かに足元のドル/円レートは、政府による防衛線とみられる近傍の比較的狭いレンジで推移することも多いが、取引規模が目立って減少することはなく、外貨売りであるため持続力に制約があるとの憶測とも相まって、市場参加者から市場流動性の問題を指摘されることは少ない。
これに対し、国債市場の市場流動性の回復は道半ばの状況にある。日銀による国債保有は依然として巨額であり、特定の年限の保有比率の高さも残存しているほか、超長期のゾーンでの機関投資家、中期ゾーンでの金融機関のように規制やALM(資産・負債の総合管理)の観点から構造的な需要が低下しているケースがみられる。それでも、日銀によるイールドカーブ・コントロールの停止やフローの国債買入れ規模の減少といった対応もあって、「債券市場サーベイ」が示す市場流動性の評価には改善もみられる。さらに、取引規模は海外投資家を中心に回復しており、特に足元での中長期ゾーンの増加は、金融政策の見通しの織り込みという点で価格メカニズムの発揮を示唆する。
<市場流動性がもたらした副作用>
しかし、外国為替市場と国債市場の市場流動性が良好になったことは、政策当局によって望ましくない副作用をもたらしている面もある。それは、市場参加者にとって、大規模なポジションをとることに伴うリスクが小さくなる点だ。
つまり、市場参加者は、多数の取引相手や豊富な売買注文の下で、大規模なポジションを市場価格の大きな変動を伴うことなく短時間で組成し得る。しかも、それらの利益を確定したり損失を抑制したりする際にも、同様に市場価格の大きな変動を伴うことなく安心して実行できる。
政策当局と国内の市場参加者が長らく切望し、様々な対応を通じて改善してきた外国為替市場と国債市場の市場流動性が、結果として市場参加者によるポジションの拡大を容易にすることで、そのことが各市場での相場変動が一方向に傾きやすいとすれば皮肉な事態だ。だからと言って、これら二つの市場をかつてのような「官製相場」に戻し、市場流動性を人為的に低下させるべきということにはならない。米欧の主要な市場は、投機の動きに支配される局面があるとしても、総じてみれば、良好な市場流動性の下で価格メカニズムによる効率的な資源配分のメリットを享受しているからだ。しかも、現在のように先行きの不透明性が高い下で価格が市場の期待を適切に反映することは、政策当局にとって重要な判断材料を提供する。
良好な市場流動性の下でも市場参加者によるポジションの肥大化や結果としての一方向での相場変動という副作用を抑制するには、ポジションの組成を合理化する説得的な「ストーリー」が広く共有されないようにすることが重要だ。既に、外国為替市場では海外証券投資を含めて個人のプレゼンスが上昇し、国債市場では政府も個人向け国債の内容拡充を図っているが、今後も金融機関や機関投資家だけでなく事業法人や家計など、多様な取引動機を持つ主体がより幅広く参加する状況を維持するよう努めることが重要だ。
その上で、経済や物価に大きなリスクがあるとか、財政政策や金融政策がこうしたリスクを適切に認識していない、ないし対応していないという印象を与えれば、金融市場の参加者の間では説得力ある「ストーリー」へと期待が収斂(しゅうれん)し、ポジションの拡大が誘発されやすいことも重要だ。経済や物価のファンダメンタルズを安定的に維持し、財政政策や金融政策の考え方や運営方針が明確であるという、ごく当たり前の対応が、良好な市場流動性によるメリットを最大限享受することにつながる。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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