疑いようのないリフレ派だーー。新たな日銀の審議委員2人の人選を巡り、ある政府関係者はこう漏らした。金融市場の反応を警戒する同関係者は「本当は財政規律への配慮を示す必要があるのに、なぜこんな人事になったのか」とも語った。
政府は25日、日銀審議委員として浅田統一郎・中大名誉教授、佐藤綾野・青山学院大教授を充てる国会同意人事案を国会に提示した。
両氏は、いずれも「リフレ派」の識者と共著をもつ経済学者。円安や物価高への警戒が続く中、リフレ色を帯びた学者を揃えた人選は、高市早苗首相のマクロ経済運営の方向性を示す布石との見方が広がっている。
別の政府関係者は「完全に高市首相が決めた。日銀も財務省もリスト作成の段階から関与していない」と明かす。経済官庁幹部は、佐藤氏の指名について「積極財政派の数少ない理論的支柱だから重用した。高市氏の政策方針をわかりやすく示した人事だ」と解説する。
高市政権は経済財政諮問会議や日本成長戦略会議で相次ぎマーケット出身のリフレ派を登用してきたことから、金融市場では、一定のバランスを取るとの予想もあった。それだけに、両者ともリフレ派となった人事は「サプライズ」として受け止められた。
冒頭の関係者は、元日銀副総裁の若田部昌澄早大教授や、元日銀審議委員の原田泰氏が候補者選定に関わった可能性があるとの見方を示す。
金融市場の反応には濃淡が見られた。金融正常化が遅くなるとの思惑から、日経平均株価は一時1500円を超える急騰をみせた一方、新発10年国債利回り(長期金利)は3.5ベーシスポイント(bp)の上昇にとどまった。円売りも限定的で、これまでのところ円と債券のスパイラル的な売り崩しの動きは乏しい。
<市場の変動高まる可能性>
積極財政を掲げる高市政権にとって、金融政策との整合性は避けて通れない論点だ。財政拡張が需要を押し上げる局面で、金融も緩和的な姿勢を保てば、名目成長率を引き上げる「高圧経済」戦略として整合的に映る。一方で、円安や輸入インフレが再燃すれば、市場は日銀が利上げで後手に回るリスクを一段と意識しかねない。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券の大塚崇広シニア債券ストラテジストは「高市政権は財政政策については財政規律に配慮する姿勢を示していたが、これまで金融政策に関しては明確な発信がなかった。今回の人事は『高圧経済』を志向するメッセージとして受け止められる」と指摘する。
他方で、大和証券の末広徹チーフエコノミストは「日銀の審議委員は講演などを通じてマーケットについてコメントすることが少なくない。常に理論的には動くわけではないマーケットの動きに対し、学者としての持論を述べることなどによってボラティリティーを高める可能性がある」と話す。
日銀の最高意思決定機関である政策委員会は、総裁、副総裁2人、審議委員6人の計9人で構成されている。今回の人事でタカ派・ハト派の力関係が逆転するわけではないが、高市政権が長期化すれば、27年7月に任期を終える2人の審議委員の改選、さらには28年の正副総裁人事まで視野に入る。
国会同意人事は制度設計上、衆参両院が対等なチェック機能を果たす。予算案などと違い、衆院の優越規定は適用されず、衆参両院でそれぞれ過半数の賛成を得る必要がある。現在、衆院では与党が全体の4分の3を占める一方、参院では過半数を確保しておらず、参院での採決の動向にも関心が向かいそうだ。
人事案が国会で承認されれば、浅田氏が3月末で任期満了となる野口旭委員の後任、佐藤氏が6月29日に任期を終える中川順子委員の後任となる。
人事で直ちに政策が転換するわけではないが、金融政策の「重心」は時間をかけて移動する。今回の人事はその端緒になると言えそうだ。
(杉山健太郎、鬼原民幸 編集:橋本浩)